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”27” ネコと王子の休息 ‐7
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順路的に考えて、2階西の羽瑠の部屋、南の吾樹の部屋回って。
二人の準備した大荷物を、ワイワイ眺めて。どうしても今日持ち帰るものだけ預かって。
残りは送り付けるって、豪快に笑われた。
そのままの流れで、3階まで吹き抜けの構造故に、玄関に向かってコの字配置された各部屋の2階の終わりの今は無人の芙柚の部屋の前を過ぎる。
「東の部屋は、芙柚の部屋。多分、鍵はかかってない。覗く?」
カオルはさっきまでの満面の笑みが消え、小さく首を横に振る。
羽瑠曰く、クローゼットの中身が減ったくらいで見た感じは変わらないんだそうだ。
俺は、この部屋で、大学に上がった年、奴から説教をされた。もっと健を大事にしてやれって。
あの事件が無ければ、二人はどうなったんだろうなって、俺は思うことがある。
少なくとも、俺は、健に会えていないだろう。万が一志望大学が同じになって巡り会ったとしても、俺は恋に落ちてもカオルである健は、俺に想いをくれないだろう。芙柚が離さないだろうしね。
「僕の部屋と作りは一緒の筈。わざわざ見なくてもいいです。だって見たら悪いもの。
行きましょう?上が僕の部屋ですよね?初めて来るんだ、不思議な気分」
「うん。でもさ、酷くない?なんで一番体力のない健が3階なんだろう?」
芙柚の名前が出ると雰囲気が悪くなる。だからなのか努めて明るく振る舞い俺の手を引いてカオルは階段を上がる。
「それは、健の為です。多分、仕掛けがしてありますよ。一応、僕の部屋だから、どうぞって言わなくちゃいけないのかな?わあ……すごい」
ドアを開けるなり、カオルは動きを止める。
この部屋の家具は初め、ベッドのみで、机と本棚は壁際に作り付けてあるだけ。間に合わせで遮光の用途で窓にブラインドがあった程度で、生活感のない殺風景な場所。
健の19歳の誕生日に合わせ、3兄弟が気合いを入れて部屋を模様替えした。
ペルシャ織りのセンターラグが敷かれ、二人掛けカウチとテーブルが設えられ。
ブラインドは外され、織りのしっかりした高級カーテンがかかりベッドカバーも変わった。
ベッドサイドには、読書灯付きのサイドチェスト。こいつは家具職人を目指す芙柚の手製。色んな健の為だけに細工がしてある機能性の高い家具だ。
現在の健の部屋は、緑と青を基調にした、アールヌーボー風な木彫家具で統一された品のいい落ち着く部屋になってる。
「ここ、凄く、僕達好みになってますね。健が揃えたんですか?」
「ううん。三兄弟からの、19歳の誕生日プレゼントでこうなった。これ、芙柚が作ったんだ。
おいで、座って?」
目を細め嬉しそうに中を見て歩くカオルを呼んで、ベッドに腰掛けさせる。
イタチが彫られた窪みの取っ手を引いて、ナイトテーブルにもなるのを教えてやり、
その下の一枚扉の猫の尻尾を引けばミニ冷温庫があるのも見せた。
「このライトは切り替えが3段階あって。通常光とダウンとステンドになるんだ」
読書灯のスイッチを押して、切り替え、ステンドグラスにする。
健が何故か、気に入ってるのに、悲しい気分がする時があるって言ってたデザイン。
淡い光源に青い空と緑の葉陰の景色が映る絵が表現されてる。
文句なしに、凄いと思うし、綺麗だ。昼間だから光がぼやけてて惜しい。
「これ……芙柚が、健に作ったんですか」
感動して言葉にならないのかと思えば、カオルは表情のない声で俺に訊く。
「うん。すごく健も喜んでたんだ。カオルくんは好きじゃない?」
「ど、どうでも……いいです。こんなのは灯りとして必要じゃないでしょうし。それより僕が健に用意しようとしてた贈り物を見て欲しいです。こっちに来て下さい、多分あると思うんです。あ、あった!」
何かをごまかす気配を必死に隠して、カオルは俺をバルコニースペースに連れて行く。
なんか小さい棚?椅子?めいたものが作りつけてあるんだ。
「ここに座って、天体望遠鏡を置けば、一晩中だって星空を見れるんです。健、持ってたの、もう古くて。
少しずつお小遣いを貯めて買い替えるの楽しみにしてて。僕は健が帰ったら、ここで観察したらいいって、パパさんに頼んで工夫してみたんです。ほら、座るのにちょうどいいでしょう?一番この家の空に近い場所を部屋にして欲しいってお願いしたんです」
都会の空はけして良い天体観測が出来るようには見えない。
俺の田舎でも、更に奥に行くか。那須の別荘の空か。きっとそっちの方が適してる。
「カオルくんはさ。中学の時も、健に帰って欲しくて一生懸命だったんだね」
あのステンドグラスの意味。きっと、カオルはなかなか語ってくれないだろう。
自分が、敢えて孤独に生き、人恋しい感情を封じて、ただ一人きり健が戻るのを待ってた。
「もう、帰ろうか。カオルくんを家に連れ帰って、独占したくなっちゃった」
複雑な表情をする彼を、ここに置くのは、なんだか哀れにも思えたんだ。
愛されてるのに、孤独。ここに居ていいのに、居てはいけないと自らが決めつける。
カオルは健の存在であって、健じゃないって、誰よりも自分をそう律したがる。
俺の側だけでも、カオルをカオルのままで、自由にしてやりたくなった。
カオルはきゅっと抱きつく。
「帰る。帰りたいです、佐倉さんのお家に。佐倉さんとだけ居たい」
顔を見られたくないカオルはそれからずっと俺になるだけくっついて、隠してた。
暇乞いの挨拶をもそこそこに、車に乗せれば、眠いって言って、俺に背を向けて帰り着くまでずっとタヌキ寝入りしてやがった。
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