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”29” 王子パパ meet ネコ ‐7
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◇◇◇◇◇
通りすがるヤツに、通りざまにギョッとされて、俺はニヤリと笑う。
「なっ、何でいるんだ!って言うか、予告なりなんなりしろ!」
「え~、顔見せろって言ったの、横山でしょ。見せに来たついでに、久々に、講義も聞いてみた」
「うわ!中舟生くんだ~!どうしたの~、ちしょ~は?ね、ちしょ~何処?」
遺伝子学の授業の始まる寸前に、一番後ろの席に滑り込んで座って。
ノートも取らずに、真面目にやってる皆を、余所者の目で終わるまで観察してた。
昨晩、軽くビールを飲んで、カオルを抱いて、二人で寝坊して起きて。
遅い朝飯を食ったら、学校に行って来いって追い出された。
用事は大学事務室にしかないから、テキストも何にも持ってない。小さめのショルダーバックにはスマホと財布程度の荷物だけ。休学願を提出したら、今日の要件は終了だ。
でも、来春まで来なくていいのかって思うと、なんだかちょっと寂しい気もして、カオルもゆっくり行って来いって送り出してくれたから、こんなサプライズな待ち伏せを狙ってみた。
「え~?!中舟生くんが来てたの~、きゃ~嬉しい!」
うわ、ウザくなってきた。他の女子どもが騒ぎ出した。
「横山、次、サボれるよな。一緒に飯食いに行こうぜ。どうせ、あと、一限受けて、午後からバイトだろ?」
「ちょっとっ!酷っ、横山くんを連れてかないでよ~」
「井田は、小田か阿川にでも可愛がって貰いなさい。じゃあな~」
遠かった席から、俺に気付いた阿川達が向かってるのがわかって、横山だけ連れて逃げ出す。
「オレは講義を受けるんだよっ、離せ~」
「昼飯、何でも横山の好きなのを奢りでも?ほんっと、何でもだぜ?」
「……二言はないな?よし、行くぞ」
引いてた手を逆に取りなおされ、横山と俺は教室を後にした。ふふふ、ちょろいな横山。
で、連れて行かれたのが、新宿の駅ビルの中の可愛らしいカフェって、おい。
しかも、全種類のケーキを頼んで、美味そうに食ってるって、おいおい。
どんだけ、スイーツ男子なんだ、平凡顔の無表情で、黙々と食いやがって。あ、そう言われれば、口元が嬉しそうに上がったままだ。
「中舟生も何か食えばいい」
「いや、俺はいい。横山を見てるだけで軽く胸やけがするかも。あ、カオルに土産1個買ってこうかな」
珈琲を飲んで、顔、引き攣って見守っちゃうよ、俺。お薦め聞いてみるかな~。
「ここのケーキはなかなか美味くてな。一度、全種類食いをするのが密かな野望だった」
「そ、そうか。良かったな野望が叶って。おかわりしてもいいぞ、なんなら」
「いいのか!お前って、実はけっこう、いい奴だったんだな」
……す、するんだ。す、すげぇ、目立ってるんだけどね、俺達。いいよ、うん。金曜の昼だし。
カップルとかいないからさ、ただ、女性客にも店員にも、ガン見されてんだけどね。
1個が結構大きめなんだけど、横山はフードファイター並みに全然食えてるもんな~、よほど好きなんだな。
「っと、気になったんだが。名前まで呼び捨てるほど、信頼を得たのか、交代人格と」
「あぁ、うん。仲良くやってるよ。懐いてって言うか、多分、好いてくれてると思う。俺も好きだし」
マロンケーキに刺さったフォークが止まる。横山がスローモーションで俺の顔を睨め付ける。
「な……何を言ってる?」
「ぁ、うん。思い合ってるって言ってる。お互い気持ちを伝え合って、スることもしてる」
「ば、馬鹿な!お前、オレが、あれほど、贔屓はダメだと……」
「贔屓じゃない。好きなんだ。健と同じように。だって、カオルだって、健だろう」
ほっそい目を見開くなよ。そんなに変かな。
……ま、ちょっとは、ダメなんじゃないかっては…思ってるよ。
「お前、言ってる意味わかってんだろうな。それぞれの人格は…」
「あ~わかってるって。独立してて、それぞれに尊重して信頼を得るんだよな。心得てるよ。
信頼は得てると思う。俺とだけ居たいって言ってくれるし、家族にだって嘘を一緒についてくれて。
上手く行ってる、心配はいらない。ま、それだけだ。思ったより、馴染めてるよ、俺」
グビビって音がしそうな勢いで、ストローを抜き取って、アイスティーをグラスから直飲みし。
(コイツ、こんだけ甘いもの食い続けてんのに、ガムシロ入りなんだ、凄くない?)
横山が、低い、すんごく低い声で俺に言う。
「信じられん奴だな、お前。なんて危ないことしてんだ、今、どうしてる、健くんは」
「ん~?家で留守番して掃除してるよ。今日は徹底的に掃除したいって言われてて、だから昨夜はあんまり激しくシないでおいて、でも、なんかくっついて寝てるのが気持ち良くて、寝坊してさ。
なんで、すごい慌ててた。邪魔だから、しっかり、皆と喋って遊んで来いってさ」
「……俺にその報告に来たってことか?」
「んにゃ、俺、休学願、出すの忘れてて、出しに来た。上手く行ってから、なんかカオルと離れ難くてさ。
毎日、楽しくて。なんつーの、健と付き合い出した頃みたいな躁状態でね~」
ダンって、テーブルを叩かれた。
「浮かれてる場合じゃないだろう。
……オレは強烈に悔いている。お前に協力するんじゃなかった。お前はセオリーをすべて無視する気か」
あ~あ。これも予測通り。怒られるだろうってのは覚悟してたけど。
でも、俺だって、実体験してる身として、反論したい。
「関係を持つまで、俺だってずっと悩み続けたよ。でもな、今は進んで良かったって思う。
健もカオルも俺は間違いなくどっちも好きだ。おかしいとは思わない。上手く説明できないけど、どっちも健なんだってわかるんだ。だから、カオルの事も好きになるってば」
「……聞いたことが無い。どっちの人格にも惚れて、しかも、関係まで持つなぞ」
「横山だって、まだ、学生で頭でっかちな臨床も知らない身なんだ。俺みたいな例がないなんて言いきれないだろ。それに、俺は他の奴等にまでは……」
「健くんに確認されてる人格は何人だ。彼は少人数の人格交代の筈だろ。
ただ、これはお前が訊き出せた内容だけだ、しかも一人の人格にだけな。その上…」
そこまでで横山は絶句する。続く言葉はわかってる。
「……俺達は、俺達なりに、解決を目指そうって決めた」
「その、交代人格とだろ。健くんはそのあと一度でも出て来たのか?
阿川が、確かに別人格だった思うって証言してくれたけど、文字も前の健くんのと見比べたが変わらない。
食い物の好みの違いはお前が確認したよな。どうなるか、わからんぞ、これは。
な、全部、告白して、今からでも鷲尾先生に協力を仰いだ方が良くないか?」
横山の好物を忘れてるくらいの説得を、俺は無言で受け流す。
「どうするんだ、もしも完全に壊れてしまったら。健くんが」
「……壊れない。カオルは、請け負ってくれてる、必ず連れ戻すって。俺も信じてる。
大丈夫だ、しばらく黙って見守っててくれ。また、相談するから」
「お前のは、いつだって相談じゃないだろう!いっつも決めた後に報告してるだけだ、馬鹿タレ!」
俺の目をじっと見てた横山が、猛然と食いに戻ってった。
しかも、コイツ、バイト時間ギリギリまで食い続け。おかわりまで買って持ち帰りやがった。
ケーキ食って諭吉数枚をレジで出したのってビックリだよ、俺は。
けっこう長居してしまっても、そんだけの売り上げのあった不思議な男子大学生二人連れは、きっと、店で暫く語り草になることだろうな~。
大学にとって返し、無事にと言うか、けっこうあっさり、出せた休学願。
ま、健の時と違って、本人の申し出だからかな、多分。
予定してたよりも、のんびりになってしまって、カオルにこれから帰るよってLINEする。
あ~全然、読んでないや。
帰る道々、ちらちら確認するけど、既読が付かない。
きっと向きになってお片付けクイズに挑んでて気が付かないんだろうな。
絶対、全問正解して見せるって息巻いてたもんな。
マンションに着いて、施錠解除を頼むべくもインターホンに応答がなく。俺の帰宅が午前中に出て夕方とかで、恐らく、拗ねたか、怒って悪戯とか企んでるに違いないな。と、諦めて、自分でして部屋に帰り。
「ただいま~。カオルく~ん、お土産~ケーキ食べな~い?」
声を張りつつ、玄関と廊下を歩く。空調の低い唸りが際立つくらいに物音一つしない家中。
隠れんぼしているのかな。……やりそうだ。
どこから現われてもいいように、細心の注意でリビングのドアを開け、綺麗に片付いた無人の部屋を見回す。ダイニングスペース、キッチン、廊下に戻って、水回り、寝室と覗く。……居ないな。
俺の部屋、バルコニー。あれ?洗濯物が干されたままだ。日が陰って、今日は午後から雲が多くなったから夕焼けにはならなそうだけど、こんな時間まで取り込まないなんて、珍しい。
一息に纏めて取り込み、リビングのソファーに放って。
ってことは、片付けると張り切ってた、健の部屋だなって。ノックをし、返答を待つ。無音で無反応。
「カオルくん?居るよね?開けて」
……居る、よな?勝手に一人歩きは絶対にしないでって、俺が出かける時に、しつこく言って聞かせたし。
いつもの「しつこい」って返しももらったけど、約束してくれた。俺はドアに耳をつける。やっぱり無音。
ま、いい。鍵も開いてるようだし、入ればわかることだ。
「開けるよ~。カオル…く、ん……え?」
カオルはカウチソファーに半身を乗り上げ、跪いてる体勢のまま、うつ伏せになってる。
寝て……る?寝てるのかな。疲れて、とか?
傍らには空段ボールが二つ。見回せば、部屋にあるべき俺と健の思い出の品は殆どが正解の場所に収まって置かれ、隅々まで塵一つなく片付いている。あ、机の上にはダビンチコードが置いてあるや。やっぱり健が佐倉家から持って来てたんだな。見つけて読むつもりなんだろう。
寝てるにしては楽そうな体勢じゃないし、起こしてあげようって側に近付き。
頭の中で、嫌な思いが過り、嫌な音が響いた気がする。
ソファーの近くの床に飲みさしのペットボトルの水が転がり。その傍には、古色蒼然たる着物地のパッチワークの施された巾着袋が落ちてて。
巾着袋に見覚えがある。健の部屋を片付けてた時に、見つけたものだ。中には写真が数枚収められてた。
リビングに飾ってあるものと同じ2枚と、幼い健を抱いた郁子さんを中心にした佐倉家の家族写真、
色褪せた若かりし日の静さんと旦那さまの記念写真、健そっくりで驚いた静さんのお兄さんと思われるセピア色の若い男性の写真。……の内容だったと思う。
きっと、静さんの遺品で、健が持って来たんだろうなって思いつつダンボール箱にしまったんだった。
「ん?……なんだ、これ」
カオルのうつ伏せた頭の近くにはもう一枚、写真が落ちてる。
びりびりに全体を破いて、それを丁寧に繋いである、赤ん坊の写真。それほど古くはない。
裏を返せば、繋ぎ目は和紙できちんと接いであり、見覚えのある美麗な筆致のボールペン文字で『破壊より芽生えし希望よ』と小さく隅に書かれている。料理メモにびっちり書かれてる静さんの筆跡と一緒だ。
これは、健の赤ん坊の写真だろう。こんなの中には入っていたかな。全然記憶にない。
起こさないようになんて全く思ってないし、正直、目覚めて欲しくて仕方ない。
どうして、さっきからピクリとも動かないんだろう、カオルは。
自分の鼓動が煩い。耳を欹てて、カオルの顔の傍まで寄せて呼吸を聞きたいのに、邪魔だ。
目が、背を走り、微かに上下運動しているのを見て、少しだけ安堵して。
でもカオルの身体の下の辺りの段ボールにふと目が止まり、息を飲む。
銀色の……薬を包むシートのそれが1枚、全て、錠剤が抜け落ちた後の形状で無造作に、あった。
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