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”31” 王子、待ち猫、来りて……? ‐3
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腹が満ちれば眠くなる。動物なので当たり前だ。健も俺も。人だからとてこれにはなかなか抗い難い。
食後の番茶を健が淹れたいって買って出てくれたんで、喜んで代わってもらった。番茶と早生蜜柑を持ってソファーに移動して、欠伸が出る。健もさっきこっそり噛殺してた。
「健、お風呂入って、今夜は寝ちゃおうか?」
「え…っと、お話、しなくてもいいの?」
「んっとね、俺、実は昨夜完徹なんだよね。さすがに、腹はいっぱい、健も側に居る、で、超、脳内がシータ波出まくりな状態でさ~。眠いったらありゃしないのよ。健も眠そうだよね、でしょ?」
いいのかなって顔をしつつも、こくんって頷く。
あ~この言葉数の少なさも、健だなって、じんわり思う。
「どうしようっか?一緒に入る?」
「い、嫌。独りがいいっ」
「大丈夫?ふらつくかもよ?あ、じゃあ付き添うね。お湯溜めて来るよ」
じいーっと、健がソファーに座って俺を見上げる。
オデコにチュッってキスをして、髪を撫でて安心させてから離れる。
飼い主に甘えてる盛りの子猫みたいで、堪らん可愛らしさだ。
風呂に行けば、綺麗に掃除してあって。
思い出さないようにしてるカオルの存在が、蘇って来る。
お湯張りボタンを押しながら、予備暖房機能ボタンを押しながら、考えずにはいられない。
カオルにはもう、会えないのかなって。
せめて、お別れくらい、言って行けって、恨み言が俺の脳裏に満ちてしまう。
あ~ダメ、ダメだ。こんなことを考えて、健の前に戻ったら、気にする。
脱衣所で真水で顔を洗って、化粧台の鏡に映る俺を見る。なんて景気の悪い顔してるんだろう。
曇り一つなく磨き上げられた鏡。サイドバーにかかった洗い立てでふわふわのタオル。
カオルが徹底的にお掃除するって言ってた通りに綺麗になってる家中。
そっか、これが、カオル流のお別れなんだ。
健を寝かせた時には気になってなかったけれど、寝室も、カバーまできっちりホテル並みになってたよな。
じわっと滲む涙を、また、バシャバシャ洗って流した。
傷だらけの身体を、健は初めて眺めることになるんだな。
何度も見てるんだから平気だよって言っても、隠したがって、埒が明かず。じゃあ、服を脱いでバスローブを着る間、浴室に入って湯にお気に入りの入浴剤を溶かしてあげる。
「爽くん、もう、いいよ?」
「うん、こっちも準備オッケー。はい、ゆっくり歩いてね」
「……ね、向こう、向いて?」
「はいはい。じゃあ、この手に脱いだバスローブを乗せて下さいな」
脱衣所との境の擦り硝子の向こうから遠慮がちに声がかり、俺は健を迎えに行く。
浴槽前まで手を取って導いて、俺が背を向けて後ろ手で健の脱いだバスローブを持つ。
正直な気持ちすっごい面倒。でも、こうしなきゃ、独りで入るって、泣いて嫌がるから仕方がない。
チャプンと健の身体が湯に沈む音。ん~身体洗うのにもまた騒がれそうだな~って、隠れて溜息を吐く。
「爽くん。僕、大丈夫そうだから、もう独りで入れる。だから……」
「了解。でもね、ん~やっぱり心配だから、身体、浴槽で洗っちゃっていいよ。俺は今日シャワーだけでいいし。湯に浸かりたくなったらまた張るから。上がる時に呼んで?これ持ってソファーに座って待機しとく」
「家だけだと思うよ、脱衣所に一人がけソファーあるお家は」
「実家には普通にベンチソファーがあったよ?え?無いもんなの?あ、佐倉家にはなかったけどさ。
いっつもあると便利なのになって思ってた」
健がくすくす笑って、「また、出たお坊ちゃん発言」って言う。
「スペース上置けないの普通のお家は。それに勿体ないし置けても置かない。温泉じゃないもの。
あっても洗面台に椅子程度じゃないかな。家はそれもあるよね」
あ、まあ、洗面台の足元に収納式のがあるけど。普通じゃなかったとは思わなかった。
あ~そう言われれば、恭介んところは下が、ただ収納ボックスしかなかったな。
「んふふっ。笑った~。でも、足がフラフラするから待っててくれるのは嬉しい。
身体、お言葉に甘えてここで洗っちゃうね」
「はいはい。どうぞ~。シャワーも下ろしておくね」
シャワーヘッドのみならず、浴槽の周囲の健が取りやすい所に、シャンプー等を並べてる俺を、健がまた、クスクス笑ってる。
過保護だなって思ってるみたい。いいんだって、甘やかしたいの、俺は。
湯上りに小さな声で、俺を呼び。女子かってくらいに身体を隠されて。
ソファーに座らされて、俺が髪を乾かす仕度の間に、寝間着に着替える健。
そっと盗み見てるんだけど、あ~自ら浴衣着てる健の寝間着姿、久しぶりでいいなあ。やっぱり似合うな。
「これ、新しく買ったの?」
「ん?あ、ああ。病院さ、個室になったなら、和装の方がいいって言うかなと思ったんで買い足した。
もう、作ってくれる人いないし、さ。着心地悪い?」
「ううん。糊が効いてて下ろし立てだなって。ありがとう。籠目文様だね」
呉服屋の主が、鬼が嫌う魔除けの文様で、男性や子供の精神が浮遊するのを囲い止める意味だって教えてくれて。一も二もなくそれを買い求めた。流水に籠目で涼やかな薄い青色。健の好きな青。
さっきまで着せてたのは、慌てて掴んだ桜色だったから。嫌がるかなって。
髪を乾かしてあげてる間に、歯を磨き終えた健はこっくりこっくり舟を漕ぎ出す。リラックスしてるみたいだから、声をかけずに黙々と手触りを楽しみながら乾かしてあげる。
健は甘え慣れてくれたから、安心して眠っちゃったりするけどさ。なかなか、カオルはさせてくれなかったからね、これ。高熱あったって、俺を脱衣所に入れなかったりしたし。
そりゃ……エッチの後で、意識飛び気味の時は別だけど。
本格的に寝ちゃってる健を横抱きにして寝室に連れて行き、ベッドに寝かせて。
俺はざっとシャワーで済ませて、風呂もささっと湯を抜いて流して置く。
色々してたら、さっきまでの強烈な眠気がどこかに行ってて。
今夜は、健が戻った喜びだけを噛み締めて、健を抱いてゆっくり眠るって決めてたのに、俺の部屋と健の部屋に行く。
カオルの残したメッセージを探そうって思ってしまうんだ。残されてないかもしれないのに。
でも、健の部屋の、ソファーの辺りを片付けておかないとって、自分に言い訳する。
カオルの起こしたことを、健に説明できてない。考え難いが、明日、俺より先に起きて、
部屋のこの異常な感じを見たら、絶対、気にすると思うんだ。
あの古い睡眠薬は残ってない。他に隠し場所があったら、ちょっと俺には見当がつかない。
多分、ないと思う。頓服だろうって親父の推理は頷ける。パニック症状の起きた時に飲ませて眠らせる。
健は外出が出来なかったから、あの対処法でも間違いじゃなかったと思うし、きっと眠れなかったんだろうし一石二鳥って言うか。事件の後の、記憶を消してしまってると見えた健は、周囲にも重篤の心の傷を負ってるって思われてたことだろう。頓服なら無くならない限り、患者も要求しない。
賢い静さんのことだ、あれをしょっちゅう処方して貰えば疑われることなんかすぐにわかる。
致死量を溜めこんだらそれでよかったんだろう。で、この巾着に隠しポケットを作って……あ、ここか。
背面に、絡繰りのある巾着だってわかれば、怪しいくらいにバランスが悪い大きな一枚布で構成のパッチワークがされてる背面があるんだ。
「こ、れ……確か、うん。そうだ、郁子さんの…」
カオルが見せてくれた七五三のアルバムで、健の数え年七歳のお祝いの晴れ着の布だ。
郁子さんの着物ののお下がりだって言ってた。それが、ここだけにパッチワークの布として配されてる。
ここに妙な膨らみがあれば不自然だし、郁子さんのあの着物だってわかれば、開ける。
健はきっと、嫌な思い出だから、そんなことは忘れている。でも、カオルは忘れないだろう。
「静さん……知能犯過ぎるってば」
しかも中を開けて出てくるのが……あの謎めいた写真と睡眠薬。
健もカオルも、佐倉家に存在する健の一番小さい頃の写真は、イスラム風の建築物の前で郁子さんに抱かれてる二歳くらいの健の物だって言ってた。
この、破かれた写真は、生後数日の物だろう。おくるみに巻かれてて。小さな手を口元に運び、指でもしゃぶってるんだろうなって。パチッと目が開いて、でもぼんやりしてる目の光。ふわふわな猫毛の今よりも薄い色みな髪が手触り良さそうな。あ~一日中抱っこしてあげたいなって可愛らしさ。
これをビリビリに破ける人って、結構すごい感情の持ち主だと思う。
でも、見方を変えてみれば、静さんなら、破くかもしれないんだ。
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