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”31” 王子、待ち猫、来りて……? ‐5
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◇◇◇◇◇
お目覚めのキスを欲しがってくれて、ああ、健なんだって、ホッとして。キスして。
朝飯の支度が済んだダイニングに「抱っこして行きたい」なんて、ちょっと頬を染めて甘えてくれる健をぎゅーっと抱き締めてみる。
あ~帰って来たんだなって、しみじみ朝から感動するんだ。
「う、朝、パンじゃないぃ……」
「健は、まだ、お粥で我慢して。お昼は……」
「お昼は、ううん、お昼からは僕が作る。ね、今日こそはお話したい。ダメ?」
すごく真剣な顔で、立ち上がり、俺に詰め寄る。
俺は、微笑し深く頷いてあげ、ホッと息をつく健と一緒に手を合わせるパターンの頂きますで挨拶。
プレーンオムレツとかのおかずは健の分も用意し、健のお粥に合わせて汁物は味噌汁にしてみた。
「ふふふ。美味しそ。玉葱とお揚げのお味噌汁」
「健の好きな具だよね。出汁は顆粒出汁でなんだけどね、ゴメン」
俺はイギリスパンをトーストして食べてる。あ、そうだ。
「健、ミルクティー飲む?」
「ううん。合わないから、いい。後で、お茶淹れるね。一緒に飲も?ね、今日って何日?」
「9月の最後の日。で、因みに日曜日。ご心配なく予定なしだよ」
「僕が、あの……」
「事件にあった日は4月9日。もうすぐ半年になるよね。健は遠くまで旅して来たんだね」
溜息を吐かれ困った顔で俯かれてしまった。
このまま落ち込んで食べなくなっちゃ大変だから、ご機嫌を取って、匙を握らせよう。
「昨日の残りでごめんね。でも今日のはさ~」
「あ、ゆかりが振ってある。ゆかり好き~。梅干しものってる、美味しい。高そうなお味」
「それ、健が入院してる間、井田が差し入れてくれたのの残りだ。高いけどやっぱり美味いよね」
「そっか~。みんな元気かな。もう明日は10月なんて、浦島太郎さんだね、僕」
少しずつ機嫌を上向かせて、なんとか用意した量の八分目までは食べさせれた。
熱を測ってみて平熱、ふらつきは残るかどうか聞いてみて、何ともないって言われ、ホッとして。
もう元気みたいだから、普通の服に着替えるって言い出すのを、面倒じゃなければ着物にしてって頼む。
じゃあ、今年最後の浴衣ってことで着てくれた。静さんが最後に仕立てた二人お揃いの生地の浴衣。
紺地に鼠茶の縞が入った近江上布のを、銀と黒の角帯で締める。
「ね、爽くんも、着ない?どこに出かける訳じゃないけど……」
「うん。着る。ね、健。これは何があっても大事に一年に一度は着るって決めない?」
こくんって頷いて、にこって微笑んでくれる。
俺が仕度してリビングに戻ると、健は俺の姿を見て、「素敵」って言って拍手してくれた。
「袖を通すの、初めてになるんだよな、これ」
「うん。静さんの、最後のプレゼントだもんね。去年の夏、これ着て花火大会をみんなで見る予定がダメになっちゃったんだもんね。その時着そびれてしまってたままだから」
相変わらず、俺達のマンションで和装って妙なんだけど、二人で着てるとやっぱり落ち着く。
健が淹れてくれた、温かい緑茶と、早生蜜柑。昨日は番茶だったな。
早生蜜柑は、カオルが美味しそうだって、珍しく衝動買いしたんだ。でも一つも食べれなかった。
「皮は青いのに、中は爽やかに甘いね。果物、苺を食べた記憶が最後なのに、もう蜜柑か~」
「八百政のお婆ちゃんが初物だって言ってた。俺のはちょっと酸っぱいな。ほら」
一房、健の口に放りこんであげ、健の手にあったのを代わりに手ごと奪って食べた。
む~って怒った振りするけど、照れてるだけな可愛い家の奥さん。
「健としての記憶はどこまであるの?」
「えっとね、刺された時と。うーんと、あれは夢なのかな。目が覚めたら那須の中舟生家の別荘で、もう一度目が覚めたら、爽くんが来てくれてホテルでご飯食べたの、ルームサービスの」
「夢じゃないね。その日は健くんの21歳のお誕生日だったんですよね~。それだけ?」
こくんって、頷く。俺の夏休み前日、俺の腕の中でカオルと喧嘩してたのは覚えてないのか。
じゃあ、他は、ずっと自分の世界に居たんだ、こっちのことは一切忘れて。
「爽くんは、大学行ってるんだよね?僕は、どうしてたの?」
「夏季までね。もう、俺も最近、休学した。健は5月に俺が休学届を出しといた。
じゃあ、話すね。カオルくんに変わってた、健の約半年間のこと。大丈夫?辛くなったらすぐ言うんだよ?」
こくんって、俺の目を見て頷く。でも、「あっ!」て遮られた。
「眼鏡、眼鏡どこ?見えないの困るな。いつも僕がしまう場所?」
……そう言えば、見つけた時、カオル、眼鏡してなかったんだ。どこにしまったんだろう。
いつもしまってた場所は、ベッドサイドの上だったんだけど。
「ごめん、わかんない。一緒に探そうか?」
「ベッド周りにはなかったから、僕の部屋かな。探して来るね。カオルくんの癖はわかるから多分すぐ見つかると思うんだ」
パタタって健の愛用のスリッパで走る音。カオルはいくら言っても履くのを嫌がっていつも裸足か靴下でそのまま歩いてた。ネコみたいに足音を立てないで。
違うか、カオルはネコ科の野生の生物で、家猫じゃないから、気配を消していたかったのかも。
勝手なもんで、健がいない時はカオルとの違いを探してて、今は逆のことを思う俺の頭の中。
しばらくは、仕方がないのかな。健に気取られない様にしよう、それだけ気を付けよう。
……これはきっと抑えたところで無理だから。
しばらくぼんやりしてたら、「お待たせ」って健が帰って来た。
カオルだった健がしてた、カオル用の眼鏡。そのつもりで買い与えたんじゃないけど、選んだのはカオル。
似合うねって一度も言ってあげられなかったな。
「爽くん?ぼーっとしてる。大丈夫?」
「あ、ごめん。どこにあったの?」
「うんとね、本棚の隅。カオルくんなんでか、そこに身の回りの物を置くの好きなの。
お気に入りスペースなのかな。マグカップも見つけたよ、サイドボードの隅に隠してあったの」
「ああ、お茶淹れてくれた時に気が付いたんだね。置いててもいいかな?」
「もちろん。大事に取っておく。これもでしょう?カオルくんが選んだの」
健はソファーに載ってるジンベエザメのぬいぐるみを抱きしめる。
「うん。多分、カオルくんは、健にお土産のつもりで買ったんだと思うよ」
「そうだね。僕好みだもの。……ね、くっついてお話聞いちゃダメ?」
「相変わらず甘えたさんだ。どうぞ」
俺が手を伸ばすと、そっと指を絡めて手を繋ぎ、右側にぴとって身体をくっつけてくる。
右手はジンベイザメを抱きしめたままだ。もしかして俺に抱き締めて欲しいのかも。
「抱っこしたい?とか思ってるでしょ?」
返事代わりに、首が折れて俺の肩先に乗る。本当に甘えっ子な子猫だ、奥さんは。
でも、言い出すまではしないで、指を解いて肩を抱き寄せ、髪を撫でる。
カオルの話を、腕の中で話したら、俺の心の揺れを感じとられてしまうだろう。
「どこから、話そうかな……」
俺は、ぽつぽつと、思いつくまま、今までの話をする。
健は、相槌を入れることもなく、黙って、俺の長い話を聞いてくれた。
時々、静かに涙を流して。鼻を啜る音がするまで気が付けなくて慌ててティッシュを渡してあげたくらいに。
「……静さんの手紙も、皆の健あての誕生日のプレゼントも、那須にあるよ。
どうしようか、これからの活動拠点は?」
頭を上げた健が、空気を換えるみたいに、鼻を思いっきりかんで。
「泣き過ぎ。大丈夫?」
「……うん。お茶、淹れ直して来る。どうしようかな。考えられないよ、急には」
「だね。俺も、正直、戸惑いで混乱してるよ。健が戻って来てくれて嬉しい気持ちだけしか、これって強く感じられなくてさ。大学に戻る?」
「ん~。どうしよう。半年も遅れてて追いつくかな、僕。って言うか……」
俺に湯呑を差し出しながら、健は愁眉を寄せる。
「って、言うか、何?」
「僕、ちゃんと、覚えてるか心配、お勉強してきたこと」
「あ~健の1、2年の教材、那須だ。どうする?とりあえず、俺のを見てみる?」
こくん、って頷いても、まだ、表情は曇ったままだ。健はけっこうな書き込み魔だから他人のテキストじゃ不安なのかもしれないな。
「じゃあ、今日は、特に何にもしないで、健は教科書見たりして過ごそうか?」
「いいの?いつもならお出かけしたりしてたんでしょう?」
「ん~健、体調万全じゃないでしょ。それに……」
「カオルくんみたいに、お出かけできるかは、自信ないな、ごめんね。あ、でもっ!」
しょげた健が急に顔を輝かせる。どうしたんだろう?
「僕、ピアノの音、平気になったかもしれないよ。試したいんだけどどうしたらいいかな?」
「え、それは嬉しいな。う~んと、あ、そうだ。タブレット充電して、ピアノの曲とか聞いてみようか。
家にはさ、健が苦手だからクラシックとかもピアノ抜きのしか買ってなくて」
「逆に探すの大変だったでしょう?ありがとう。いっぱい爽くんは僕のこと気遣ってくれてたんだね」
せっかく笑ってくれた健が、また泣き出してしまった。
胸に抱き込んであげようとしたら、力いっぱい腕を突っ張って止められる。
「汚しちゃう!」って。
ん~、この浴衣は普段着には向かないってことが、よく解った。
「ね、健。普段着に着れる、普通の安~いの見に行かない?早く泣き止んで。
俺のすっかり馴染みになった呉服屋さん、見に行こう。大丈夫、めっちゃ空いてるんだ」
俺があんまりにも惚気るからなのか、担当の人が健に会いたがってる。
元気になったら連れてくるよって約束、叶えてもいい気がした。
「大丈夫?今日は日曜日だけど?」
「あ、そうだった。休みか。今度行こうね。車で行ってもいいし」
ティッシュで顔を拭いてやりながら、俺が言えば、やっと少し話せて、うんうん、頷くばかりの健が
「ううん。僕、電車で行く。爽くん、連れて行って下さい。
少しずつ、僕の歩幅で、苦手を克服して行きたいんだ。だって……」
強い光を湛えた静かな瞳で俺を真っ直ぐ見て笑う。
「もう、独りっきりで、健をやって行かなきゃならないからね、強くならないとっ……」
ああ、あともう少しだったのに。やっぱり泣き虫の虫が勝ってしまうようだった。
「急がないでいいよ。ずっと俺が支えるからね」
面倒なので、ざっと浴衣を脱いじゃって、健を抱きしめてあげた。
途中から可笑しくなったみたいで、泣き声が笑い声になってく。
「脱いじゃおうか?」
「うん!普通の汚してもいいの着る!」
「え~、この流れは何も着ないで、さ?……ね?」
うっ、やっぱり健だ。この流れで着直す発言はないよな。
あれれ?困ってる。照れてるじゃなくて……何のフラグだ?これ?
「エッチ、嫌。えっとね、したくないとかじゃなくて……無理かなって」
「ど、どうして?」
「痛いの。オシッコするのも痛いくらいなの……きっと……」
うあ~。カテーテルか?傷ついちゃったんだ、きっと。
抜くとき、いつも大人しい健が、けっこう大声で呻いたのわかったし。
入れる時は先生だったけど、婦人科の看護婦さんで、まだ経験浅そうな人だったもんな~。
そっか~。しばらく無理かな、だったら。排尿で痛いなら、あれなんかもっと痛そうだ。
「痛いの続くときは、早めに教えてね?その時は、医者に行かなきゃ、ね?」
恥ずかしそうに真っ赤になって、「ごめんね」って言わない!可愛くて悶えるでしょ!!
やっぱ、健は俺の愛する奥さんだ。
カオルのこと、少しずつ、健への愛しさに溶かしていくことが、きっと一番なのかも。
そう思いながら健を着替える為に、寝室に送り、俺もついでに、洋服の普段着に着替えた。
俺の着物は普段着って置いてないから。健はよく着てる紫紺の着物に着替えてくれてた。
丁寧に処理して浴衣をしまう健を眺めながら、これからどうするかなって、首を捻る。
着物の始末をしたら、昼飯を作る健を見遣り、俺は自室に帰ってタブレットを充電する。
大学で使ってるので、メーカーが一緒だから……ん、大丈夫だな。
ピアノ曲の候補は、実はカオルが作った、リリスのスピールにしてみようって思ってる。
他にも、カオルが弾いてくれた曲を、覚えてる限り検索してる俺がいた。
もしも、ピアノが平気になったのならば、偶には、健も弾いてくれるのかな、ピアノ。
弾いて、欲しい。その間だけは目を閉じて、カオルを想いたい、心で添いたい。我儘だね、俺は。
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