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六話
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部屋に帰った頃には、もう日が沈み、上空には既に夜空が広がっていた。アルフレートが、あー、とかいう声をあげながら椅子の上でへばっている。おっさんくせえな! おっさんだけど! かわいい口調とかわいい顔のおっさんだけどさぁ! 久々に外に出たらしい。結構歩き回るって先に伝えておけば良かったな。時既に遅し、だが。
「んで、アルフレート。あいつを見たっつーのは、いつの話だ?」
早速の本題だ。起き上がり椅子に座りなおした彼が、「かもしれない、という話だけれど」という前置きをしてから、口を開く。
「母の葬儀で見かけた気がするんだよ。彼の外見的な特徴は、白髪の多い、髪を結った黒髪の男性……だろう?」
白髪で覚えられてやがる……。昔は綺麗な黒髪だったのになあ、俺様と張り合おうとすっからああなるんだ。笑いそうになったが堪えて、続きをと急かす。
「見間違いだったら申し訳ない限りなんだけど……私の知り合いと話していたと思うんだ。それ以上は、わからない」
……もうだいたい見当はついたな。何らかの形であいつが関わってるのは明白だ。こう、その、シモの方に嫌な呪いかけるのも、ちょっと心当たりがあるし。フロレンツがひどい目に遭ってたもんだから……。しかし、よく覚えてたもんだ。色々と大変だったろうに。頭をくしゃっと撫でてやるが、むっとした顔で手を払われた。
「子供じゃないって知ってるだろっ」
「俺にとっちゃあ、十も三十も変わりねぇんだって」
何せ、五百は余裕で生きるような種族なんだから。俺だってその半分も生きてない。ごく稀に出会うエルフは全員俺より年上なくらいだ。そのガキが、寿命の違う生き物に対してガキ扱いをするっつーのも妙な話な気がするけどな。
屁理屈だが納得したようで、アルフレートはむすっとしたまま少し俯いた。
「で、……今日はどうする?」
何をというと、もうお分かりだろ。……別に、誘ってるわけじゃない。毎度聞くのが癖になってきただけだ。
「……もう眠い」
「そーか」
俺にとっては好都合だ。……少し、あいつの事を調べなおしてみよう。資料なら家にいくらでもあるんだから。
久々に戻った自分の部屋は、異様に狭く見えた。あちこちに散乱したハードカバーの本、領収書の束、窓際に吊るされた薬草……といった、あきらかに魔術師の部屋という印象だった。
埃臭くはないが、薬の匂いが強い。床に落ちていた空の瓶を足で退けて、すぐ下の引き出しを開ける。昔、カミルがこの部屋に「住んでいた」ときのものだ。
あいつは、俺の教え子だ。十年前俺の部屋に転がり込んできて、数年弟子としてこき使った。当時は根暗じゃなかったし、ちと生真面目な所はあったが、あんなのになる気配なんか無かったんだが……まあいい。
当時使っていた手帳を掘り起こして、ページをめくっていっていると……ふいに、ドアがノックされた。振り返る。「入りますよー」なんか言いながら入ってきたのは、案の定フロレンツだ。少し息を切らしているが……もしかして、行き違った感じか? まあちょうどいいわ!
「今日もお仕事持ってきました!」
鞄から取り出して突きつけてきたのは、これまた調合するだけの簡単な依頼だ。夜だっつーのにご苦労なこって……。お前、俺を調合師かなんかと思ってねーか? 確かに調合は得意だが俺はあくまでオールマイティなだけでだな。
「あー……フロレンツ。こっち来い」
立ち上がって、ちょいちょいと指先で手招きする。首を傾げて近付いてきたフロレンツの胸ぐらを勢いよく掴み上げた。
「お前、なんか知ってんだろ?」
「……う、うーん。さすがにバレますよねー……」
あー、諦めがよくて助かるわ。いや、こういうパターンで何度も酷い目にあわせてやってるから、それを回避しようとしてるだけなんだがな。
掴み上げたまま前後に揺さぶってやる。青ざめて、俺から目を逸らした。
「あのぅ、その、俺ほとんど無関係なんで……ね? 勘弁してくれません!?」
「オラッ! ヤモリにされて頭からバリバリ食われたくねェならおしゃべりしようなァー?」
「ひえっ……!」
間抜けな悲鳴を上げた。ほとんどって事はなにかしら知ってんだなぁ分かりやすいわ!! ま、こいつがグルじゃねえのは最初から分かってる事だ。わざわざ悪事に加担するような性格じゃねえし、カミルの事をあんまり良くは思ってないし。
「えっとえっと! うちの事務所にね、死にかけのババアに追い打ちかけるぜーみたいなガラ悪い奴が来まして!!」
「来まして?」
「そのっ、自分は断ったんすよ! でもカミルさんがその場にいたんで……いい呪術師を紹介してやる、って、その人にひそひそって……」
……あーなんて単純な!! この野郎、三割くらいはお前の対応もあるんじゃねえかそれ!? 腹いせにもっとがくがく揺さぶってやる。長細い悲鳴を上げながらべしべしと腕を叩いてきたので、パッと手を離した。軽く咳き込んだあと、フロレンツは涙目で言い訳をはじめる。
「これ、こっちには一切金銭が発生してないんで、対応しかねてたんですよっ! そしたらその……明らかに関連した依頼が来たので、ぜひマリウスさんにって! マリウスさんなら大丈夫でしょう? ねえねえねえっ!!」
いや、そりゃ大丈夫だけど。鼻くそほじりながらでもどうにかなるけど。
あーくそ……じゃあやっぱり、あいつ関連じゃねえか。アルフレートにどう説明したもんかなぁ……と悩んでいると、フロレンツがおそるおそる俺の顔を覗き込んできた。
「……あの。俺、ちょっと様子見て来ましょっか?」
「え? マジ?」
期待に満ちた目線を送ってやると、強く何度も頷く。明らかにビビってやがるのが少し気に食わねーが脅しまくったんだから仕方がないな。
「明日になると思うんすけど、依頼持ってってみます。失敗したらすんません……」
おーおー、献身的でいいもんだな。ガキは素直なのが一番だ。「頼んだぞ」と頭をぽんぽん撫でて……最後に一発、べしっと勢いをつけて叩いてやった。
「ふぎゃっ!」
……とかいう、かわいそうなカエルみたいな声をあげた彼を放っておいてドアへ向かう。引き止めようとして腕を伸ばしてきたフロレンツに、部屋の鍵を投げ渡した。
「使えそうなもんは使え。俺の血のストックでも渡しゃあ話は聞くだろうよ」
言いながら、床を指差す。その手の腐食しやすいものは、すべて床下収納の中だ。
元気よく返事をするフロレンツは放っておいて、そのまま部屋を出た。
昼前。本日の薬は……うん……なんだろうこれ。とりあえず俺の血と、カミルが使いそうな媒体に対応したものを適当に突っ込んだんだが。深く考えるとよくない程度に外見がよろしくなくなった、紫色の固形物だ。つっても体温くらいで溶けるから、例えるならばものすごくドロッとしてて冷たくない氷。気休め程度に細かくしてキューブ状に固めたのがさらによくなかった……かもしれない。
「…………うえっ……」
見た目だけでアルフレートが引いた。毎度毎度すまんな……こういうゲテくさいやつばっかり作って……。美味く作ろうとはしてんだよ、これでも。
だが、もうわりと慣れたらしい。鼻をつまんで一気にあおり、水で流し込むと、青ざめて涙目になり机に突っ伏した。
「ほら、口直し口直し!」
間食として持ってきたクッキーをひとつつまんで差し出す。ゆっくり顔を上げ、クッキーを口で受け取って俯く。さくさくと音がするのがちょっと面白い……。
さて、今回もほぼ効果なしのようだし……ちょいと話でもするか。
「昨日の話だけど……お前が見たアレ、ほぼ確実にカミルだわ」
アルフレートが顔を上げて、俺を見る。それで、と先を急かしてくるが……あ、なんか薬草の匂いする。そんな爽やかな匂いになるのか。
「フロレンツっつう……ほら、あの来てすぐに帰る奴。あいつが心当たりあるってよ」
「本当に!?」
いつになく真剣な顔をして、机から身を乗り出した。が、赤くなって、また椅子に座りなおす。それ二回目だよな……。かぁーわいい。
「マジマジ。で、そいつに様子を見に行かせたんだが……」
そこまで言って、ふと、言葉を止める。物音だ。耳が反応して、音のした方向を探る。……窓?
「……マリウス? どうしたんだい」
窓の方へ近付いていった俺を追って、アルフレートが隣に立つ。窓の前に、鳥がいる。カラスだ。餌なんか置いてないのによく来るな、と思ったが……それが、気付いてくれと言わんばかりにこつんこつん窓を叩いているのに、違和感を覚える。……いや待て、おい、まさか。このマナの流れは……!
「……まさか、お前、あれか? アレなのか?」
ばたばたと羽ばたきながら、目の前のカラスがすごい勢いで頷いた。え、……ええェ!?!!?! 慌てて窓を開けると、それが部屋の中に飛び入ってくる。風圧でメモが数枚部屋の中を舞った。床に降りたそいつは、何かを伝えようとしているらしく羽ばたきを続けるが、さっぱり分からない。普通のカラスなら意思疎通できるはず……ということは、やっぱり……。
「ふ……フロレンツ、だよな? お前……」
返事をするかのように、カラスがかぁと切なそうに鳴いた。
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