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後悔した夏の日18
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―――逃げよう。
そう思った。
目の前に置かれた手錠の鍵と思われるものを咄嗟に掴む。
罠かもしれない―――けれど、確かにあの男は出かけているのだ。
コレを使えば、逃げれるのだ。
『キミが逃げても、何処までも追いかけるよ?』
『聖、キミがいなければ死んでしまう』
『キミが触れたもの全てに嫉妬をする。』
『愛しているよ、聖。絶対に逃がさない』
幾度となく繰り返された狂言。
大丈夫だ。今がチャンスだ…
逃げようと暴れて与えられた罰。
このチャンスを逃したら、逃げることなどできないかもしれない。
この部屋に捕まった時に持っていた貴重品。
サイフに充電の切れたスマホに、俺の部屋の鍵。
それらの場所はすでに確認してある。
わずかな荷物の場所を確認する。
あとはこの鍵で、手首の手錠を外すことが出来ればいいのだ…
手が震えて、なかなか思うようにいかなかった。
「……クソッ…」
落ち着け、落ち着くんだ…
利き手とは逆の手で、鍵穴に入れる。
鍵穴に鍵が入った時点で、指先までも痺れるような感覚になった。
ガチャっ、手首を拘束する手錠と、部屋から出ることができない長さの鎖もまた同時に外れる。
「……やっ……た…」
アイツに撮られた写真や動画はどうしようか…
一瞬それが頭をよぎる………
でも…
それでも…今は逃げたかった。
一刻も早く逃げ出したい。
裸のまま逃げようと思ったが、明らかな暴行の後が残る体で外に出るのは嫌だった。
俺が監禁されていた時に着ていた服…
Tシャツとハーフパンツ、そして靴は、俺の盗品と一緒に大切に保管されていた。
丁寧に畳まれた服に嫌気がさしながらも、急いで服を着る。
まだアイツは、帰ってこない…
部屋の扉をほんの少し開けて、男の不在を確認する。
今は真昼間だった。
俺が監禁されていた隣の部屋の時計は、もう直ぐ午後2時を示そうとしている。
大丈夫。誰もいない……
家の構造は俺の部屋と同じだった。
迷わず玄関へと急ぐ。
久々の外。夏の日の熱風。
湿気を含んで重く暑い、不快なまでの空気…
けれど、それを喜びだと感じる暇なんてない。
激しい目眩がした。
ここ数日、ろくに食事もしていないせいか、体力が恐ろしい程削られていたらしい。
この角部屋からエレベーターまで、行くことはできなかった。
取り敢えず、早く……早く俺の部屋に…
隣の俺の部屋…鍵を、鍵を早く…
手が震えて、うまく鍵が入らない。
いつエレベーターの扉が開き、アイツが出てくるか…それを考えるだけで恐怖で足がすくむ…
くそぉっ!早く早く早く早く早くっ!
8月の猛暑日。
ただでさえ暑いのに、動揺しているせいか汗が滝のように流れる。
ガチャっと鳴る音に鼓動が跳ね上がる。
鍵が、開いたのだ。
咄嗟に部屋に流れ込むと、すぐ後ろを向き直り、部屋の鍵とチェーンをかける。
やった…逃げれた…!
ついに、逃げたのだ…!!
ハァハァと、息が切れる。
鼓動が耳元で聞こえる程、俺は緊張していた。
あとはこれで逃げる用意をすればいい。
まずはスマホを充電しよう。
不本意であれ、警察に電話をかけて…
犯されたと?
監禁されたというのか?
あの写真や、動画を大勢の人の前に晒せというのか…?
「……ぅ……」
涙が滲んできた。
警察には言いたくない。
誰にも、言いたくなかった。
何事もなく、逃げてこれで終わればいいのに…
「なんで……俺がこんなことに……」
愚痴ったところで状況は変わらないと、もう嫌という程わかっていた。
まずは、預金通帳と着替えをまとめよう。
ここだって安全ではないのだ。
玄関も蒸し暑く、汗が止まらない…。
恐怖と緊張で、息をするのも苦しかった。
とりあえず、状況は良くなってるはずだ…。
一刻も早く、ここから離れる…それが第一だ。
リビングの扉を開けると、ヒンヤリとした空気が気持ちよかった。
あぁ……クーラーの風…涼しい……
………………
………………
………………?
なんで、クーラーついてるんだ……?
ぞっと、悪い予感が体中を駆け巡る…
「おかえり…」
ビクッと俺の身体が跳ねあがった。
最悪の予感は、見事に的中したのだ。
寝室から声。
俺の全身は氷のように固まった。
「………し…しど…先輩…」
自分の目を疑う。
必死な思いで逃げてきたのに…
なぜ彼がここにいるのだ…?
「どして………?」
ガタガタと身体が震える。
「叔父が管理人だから。鍵持ってるんだよ?俺」
ああ…そういえば、この部屋にカメラ仕掛けられてたんだった…
なんでそのことに気づかなかったんだろう…
脚がすくみ、言う事を聞かない。
「待ってね」
そう言うと、宍戸はスマホで電話をかけだす。
「あ、もしもし、おじさん?巧です。聖君、ようやく熱が下がったんで、今変わりますね?」
そう言って、スマホを渡される。
なぜ、ここで電話を?
おじさん?
熱…?
どうして俺に…?
恐る恐る、耳に当てる。
『もしもし…?』
聞き覚えのある声…
『聖?』
「!!……親父…?」
久々に聞く、父親の声。
ゴールデンウィークに実家に帰って以来だった。
「ぅ…ぐっ…」
涙が溢れて来た。
今すぐにでも泣き叫んで助けを求めたい。
でも、近くで俺を見下ろす宍戸の顔が怖いのだ…
『どうした?聖、風邪はもうよくなったか?』
「……うん…」
風邪?なんのことだ…
『ハハ!まだ鼻つまってるみたいだな』
泣いているせいで、鼻を啜ってるのを勘違いされる。
『いいか?聖、きちんと巧さんにお礼言うんだぞ?』
……なに……?
『巧さんが口添えしてくれて、父さんの会社立ち直ったんだからな』
……え…?
「待って、父さん…」
『もしもしぃ〜お母さんよぉ。お父さんの会社助けて貰ったっていうのに、聖まで風邪なんてひいて巧さんにご迷惑おかけして!』
……何言ってるの…?
『仕送りのお金、増やしてあげるからお菓子かなんか買ってお返しちゃんとしなさいよ?』
「…かぁさん……」
…なんだよソレ……
『安いのじゃダメよ?うんと高級なのよ?そんなんじゃぁ払いきれない程、宍戸さんのご家族にはお世話になったんだから』
……やだよ…もぅ………
これじゃぁ…俺………
宍戸の手に、スマホを取られる。
「もしもし?巧です。聖君まだ本調子じゃないみたくて…こんなに大人しいなんて珍しいですよね」
ハハハと、楽しそうに笑う巧…
何それ…
何それ…
何それ…
「ど…いうこと…?」
俺の顔を見下ろしたまま、宍戸は続ける。
「ウチも将来は俺が会社を継ぐんです。おじさんの会社と提携組むのも、ウチにプラスになると思ったからそうしただけですよ」
説明口調に続けられる言葉。
俺に聞かせてるのだ…
もう逆らえないようにする為に…。
「それに…」
宍戸の目が、スッと細められる。
「聖君には…お世話になってますから…ね?」
ガクリと、膝が崩れる……。
もぅ…ダメかもしれない…
グワグワして、視界も揺らぐ
ピッと、音がなる。
俺に代わることなく、電話が終わったのだ…
「さて、聖?」
息を飲む。
苦しい。どうしよう。怖い。
「どうして…ここにいるのかな…?」
お前のせいだろう。
逃げるように仕向けたのだ。この男が。
鍵を置いて、逃げれるようにした上で俺の部屋で待ち伏せしてたのだ。
俺の両親を手篭めにして、完全に俺を捉える為に。
「ご………めんなさい………」
でも、何も言えない。
文句の一つも、今の俺には言えないのだ。
「そうだね?じゃあ、服を全部脱いで?」
やだやだやだやだやだやだ
「…うっ……っ……」
「そんなに泣いても、自分が悪いんだろう?」
俺の何が悪いのか?
俺が何をしたんだ?
俺が何でこんなことをしなくちゃいけない?
「俺の言う事、聞いてくれる…よね?」
コイツに何を言われても、もう命令にしか聞こえない。
いや、もはや命令なのだ。
俺がいつまでも懐かないのを見抜いていた。
だから家族まで巻き込んだのだ。
奴は恐ろしい程満足気に、俺を見下ろしてくる。
「大好きだよ。聖」
狂った目の男が、今までで1番の笑顔でそう告げた。
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