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3-1side嵐
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「いらっしゃいませ。…ん?おや、珍しいお客さんだ」
「...お久し、ぶりです」
「久しぶりだね。こっちに座りなさい。何か飲み物でも飲んでいくかい?今月は良い豆が手に入ったんだ」
数ヵ月ぶりに会ったその人の笑顔を見て、肩の力が自然と抜けていくのを感じた。
「西岡さん」
「おや。どうしたんだい、そんな泣きそうな顔をして。可哀想に。今温かいコーヒーを淹れてあげるからね」
そう促されて、ふらふらとカウンター席の端に腰を下ろす。
古びたオルゴールが繊細なメロディを奏でる店内で深く息を吸うと、肺いっぱいに豊かなコーヒーの香りが広がって、嵐は鼻を啜った。
ここはだめだ、居心地が良すぎて。
「何かあった?この老いぼれで良ければ聞くよ」
こぽこぽと音をたてる機械を気にかけながら、この店の店主である西岡(ニシオカ)は嵐に微笑みかける。
西岡は雛と嵐が暮らす街で、雑踏から隠れるようにこの小さな喫茶店を営んでいる白髪混じりのおじいさんだ。雛が高校時代にバイトをしていた店でもある。
雛が働いてるところを見るために、嵐も幾度となく足を運んでいた。尤も、大介が現れるようになってからその足はぱたりと止んでいたが。
今日は無性に、この懐かしく優しい店に来たくなった。
どうしても、一人で抱えられる気がしなかったから。
「雛が...泣くんです。ずっと、1人で。俺がどんなに支えても、俺じゃ支えきれない。雛が目の前で傷付いてるのに...っ。何もできない…っ。自分の気持ち押し付けて…、雛が苦しむって分かってるのに…!!」
テーブルの上で握りしめた嵐の拳の上に、ぽたりと温かい滴が落ちた。
雛が泣きながら「嫌わないで」と訴えてきたあの日が一月が経った。
俺は結局あの泣き顔には勝てなくて、雛とは今まで通りの距離を保って仲良くしている。
いや、仲良くしようとしている。
だけど本当はどうしたらいいのか分からない。雛には幸せになってほしいのだ。それはきっと俺の気持ちを殺せば、純粋に雛を支えられるのに。
だのにまだ俺は自分の恋を諦めきれずにいる。
捨てることも逃げることもできないまま。
情けない。
これっぽっちも強くなんてない。
こんなところで弱音を吐くことしかできない。
雛の方がよっぽど強くて綺麗だ。
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