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翌朝、顔の上に温かいものが乗しかかってくる感覚で目が覚めた。決して重くはないが、呼吸が苦しい。乱暴にならないように、顔の上から犯人をどかして眠たい目を擦った。
また朝がきてしまったと、ぼうっとする雛を見上げて、にゃあと鳴くその子は、朝の光を浴びて輝いているようにも見える。
「おはよう」
猫の顎を擽りながらそう挨拶すれば、家主が起きたことに満足したのか、寝室から出ていってしまった。
気ままだなあ、と少し笑ってから雛は重い体を起こす。
大きく息を吐いて、吸って、弱い自分に気合いを入れた。
今日は木曜日。あと2日。
顔を洗い、簡単な食事を済ませ、出勤する準備をしていると、自分の分のご飯を平らげた白猫が雛の足元に体を擦り寄せてきた。
にゃあにゃあと甘えている彼女が求めていることは、言葉が通じなくても分かっている。
「もう出掛けるの?今日は予定でもあるのかな」
そう話しかけると、彼女はまるで返事をするかのように鳴いた。
「わかったよ」と細身の体を撫でてから、雛は玄関に向かう。ドアを少し開けてやると、白猫はするりとその間を抜けて、音もなく部屋を出て行った。
「行ってらっしゃい」
声をかけても、今度はこちらを向くことさえしない。けれど、どこまでも気分屋な彼女の尻尾がゆらゆらと揺れていることを雛は知っている。
暫く彼女を見送ってから、途中になっていた準備を再開する。
つい数時間前まで着ていたような気がするスーツに袖を通し、少し靴底が磨り減ってきた革靴を履き、最後にきちんと戸締まりをして会社へと向かう。
今日は、なるべくあの広告を見ないようにと気を付けながら。
駅のホームで、同じように会社へと向かう人の列に並んで電車を待つ。何も考えず、雑踏に紛れてぼんやりするこの時間が、雛は意外と気に入っていた。
まだ自分は、この世界の一部なんだと実感することができるから。
今日も心の中を空っぽにしてしまおう、と思っているとふいに肩を叩かれた。
「雛?」
「え…」
吃驚して振り返ると、自分と同じようにスーツを着た、懐かしい人がそこに立っていた。
「やっぱり、雛だ。久しぶり」
「ひさしぶり…」
学生の頃から変わらず、爽やかな笑顔で手を振る彼に、雛は少し戸惑ってしまう。
彼にも、何も告げずにあの街を飛び出してきたのだから。
何とも言えない微妙な再会を、どうしても少し気まずいと感じてしまう。
そんな雛の空気を察してか、彼の表情が僅かに曇った。
「あれ、俺のこと忘れた?」
「忘れるわけないよ!」
咄嗟に、ぶんぶんと首を振る。
忘れるわけがない。
彼は数少ない友人と呼べる人間の一人だった。
「だよね。よかった」
ほっとしたように笑う姿に、胸がちくりと痛む。
懐かしい、なんて言葉じゃ今の気持ちには到底足りない。
タイミング良く、電車がホームに止まって、雛は少し安心した。
じゃあ、電車来たから、またね、そう言って別れようとしたが、どうやら彼も同じ電車らしい。
今までここで会ったことないのに…
しかし、あからさまに別の車両に乗り込むなんてこともできず、結局雛は彼の隣に並んで立った。
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