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4-3side雛
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「雛、こっち」
たくさんの人が行き交う道を、嵐は迷うことなく歩いていく。背が高い彼は、変装をしていても目立っていて時々指を指されたりしている。流石は今をときめく人気俳優だ。いつかバレてしまうんじゃないかと気が気ではないが、本人は慣れているのか周りの視線を全く気にしていない。
歩きながら、都内の名所を案内していく嵐。その声をどこか夢心地で聞いていた。
懐かしい。
学校帰りに、二人でこうやってぶらぶらしたこともあったなぁ。ただ駄弁ってるだけで楽しくて、くだらないのに輝いてた毎日。
いつの間に忘れてたんだろう。
僕今、すごく楽しい。
嵐と取り留めもない話をして、初めて見る景色をにはしゃぐ。たったそれだけのことで、胸がいっぱいになる。
こんなに笑ったのは久しぶりだ。
一日中思いっきり遊んだ2人は、嵐が予約してくれていた店に入った。
予約と言っても高級なディナーではなく、少し洒落たカフェレストラン。あまり敷居が高くない店を選んでくれるのも、嵐の優しさだ。
「おいしい…っ」
「そ?よかった」
豊富なメニューの中からかなり悩んで注文したオムライス。デミグラスソースがたっぷりかかっているそれは、口の中でゆるりと解けるように甘みが広がって自然と表情も緩む。
誰かとご飯を食べたのも久しぶりだ。
正面に座る嵐は、楽しそうにこちらを見つめている。
今日は、本当に楽しい。それに嘘は1つもない。
だけど、どうしてもらんちゃんを疑わずにはいられない。
あんな別れ方だったのに。
ここまで遊びに来ておいて、こんなこと言うのも変だけど、このままぼんやり元に戻るなんてそんなことできない。
手にしていたスプーンを下ろし、少し考えてから口を開いた。
「らんちゃんは、さ…怒ってないの?」
「何を怒んの」
「僕が勝手にいなくなったこと」
「んー…」
「僕…嫌われてたって文句言えない。今だって都合よく遊んでもらったりして…」
僕が見返りに渡せるものなんて何も無いのに。
「それはいい。俺が誘ったんだし。嫌だった?」
「…あの時ね、らんちゃんの側にはもういられないって思ったの。僕がたくさん傷付けて、悩ませて…って分かってたから」
「だから、あの時のことはお互い様だろって。誰も悪くないの」
ぐしゃぐしゃと雛の髪を掻き回しながら、そう言ってくれた嵐の顔を見ることはできなかった。相変わらず心の中には靄がかかったままで、嵐の気持ちも自分の気持ちも分からない。
「そう、なのかな…」
「うん。いいよ、今は何も考えなくて。もう十分すぎるくらい悩んだんだろ?俺は俺の思うようにやるし。ほら冷める前に食え」
「…ん」
嵐に促されて、小さく頷く。
変わらない嵐の優しさに触れる度に、心の奥の方が熱くなる。胸がちりちりと焦げるように、燻っていた火が徐々に大きくなるように。
この感情に名前があるとしたら、それは一体何なんだろう。
僕にとってらんちゃんは、幼馴染なんて言葉じゃ収まらないくらい特別で、大切で。絶対に傷付けたくなんかなくて…
だからあの時、あれ以上そばに居るのが怖くなった。あの人みたいにらんちゃんまで失ったら…って。
俯いたまま、あの日のことを思い出す。
「…僕のことは…もう、嫌い?」
不意に口からそんな言葉がこぼれ落ちてしまって、自分でも驚いた。
そんなこと僕が聞いていいことじゃない。無神経にも程がある。
「あ、ちっ…ちがうの、今のは…」
焦って誤魔化そうとする雛を見て、嵐はふっと笑った。
「嫌いになれるもんなら、いっそ嫌いになりたいくらいお前が好き。雛は、優しいよ」
眼鏡の奥にある淡い茶色の瞳が自分を写して優しく細められる。
その瞳が昔と変わらないことに気が付いて、鼻の奥がツンと熱くなった。
らんちゃんはずっとこんな目で僕を見てたんだ。気づかなかった。こんなに愛されてたのに。僕はそれを当たり前だと思ってた。
本当に、馬鹿だ。
どうしてらんちゃんの笑顔で、こんなに胸が苦しくなるの…?
「ばかっ」
少し早くなった鼓動を誤魔化すように、雛はおどけて笑った。
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