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嵐は大介の眠るベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
明子はベッドを挟んだ向かい側に座る。
その表情はどこか疲れているように見えた。
「今日学校はお休みだったの?」
電子音だけが響く病室で、先に会話を始めたのは明子だ。
嵐は失礼のないように、言葉使いに気を使って答える。
「え、っと...何て言うか...留年しない程度に出席してます。今日は自主休講です」
「ふふ、そう」
嵐の言葉に、口元に手を当てて可笑しそうに明子が笑った。
目を細めて笑うその顔は大介にそっくりだ。
そのまま明子と他愛もない会話を続けた。会った時に嵐が抱いた印象通りの、優しい人だ。理由もなく人を傷つけたりするような人じゃない。
きっと昨日雛にあんなことを言ったのには訳があると、嵐は考えていた。
暫くして、楽しそうだった明子が突然真顔になった。
「…雛ちゃんは?」
やっと出てきたその名前に、嵐は改めて背筋を伸ばす。
「今は俺の部屋にいます」
「そう…」
「あの…どうして昨日雛にあんな事言ったのか、聞いてもいいですか」
「もう来ないでって言ったこと?」
嵐が一つ頷くと、明子はベッドの上の大介を一瞥して話し始めた。
「…私ね、雛ちゃんのことすごく好きなのよ。とっても優しい子。大介なんかには勿体ないくらい優しくて…自分を大切にできない子。」
昨日雛をあんなに傷つけたのは紛れもない明子だ。しかし今雛について語る明子も同じくらい深く傷付いているように見えた。
「私が言うのも変な話なんだけれど...2年間も健気にお見舞いに来てくれる姿見てたらなんだか自分の息子みたいに思えてきちゃってね。...大介は、本当にいい子に愛された、幸せ者よ。勿論、大介が回復して雛ちゃんがいて...っていう未来が私の望みよ?だけどね、現実は夢ばっかり見てもいられないのよ。雛ちゃんのこと、大介と同じように大切な存在だと思ってる。あんなにいい子が幸せになれないなんて可哀想でしょう?いつまでも大介に縛られてちゃ...だめ」
「..っ、でも.雛は...雛にとっての幸せは大介さんの傍にいることなんです」
「今はそうかもしれない。だけどね、大介がこのまま天国へ行ってしまったら...こっちに残されるのは雛ちゃんなのよ?だったら、大介がまだこの世にいる間に離れてしまった方がいいと思わない?もし大介が死んでしまっても雛ちゃんには伝えない。大介はどこかで生きているって思ったまま生きて...いつか大介のことを忘れて、また別の誰かと出会って...ね。いいのよ、あの子はまだ恋人の死なんて悲しい経験をしなくても」
「そんなの、雛は望んでません!雛は、最後までコイツに寄り添うって...傍にいるって...とっくに覚悟を決めてる!だから毎日どんなに辛くても笑ってんだよ!雛はそんなに弱くないし、可哀想でもない!雛は...っ、雛は...他の誰かじゃ...、俺じゃ...っダメなんだ...っ」
気が付くと、頬に温かいものが伝っていた。
雛の想いが、覚悟が蔑ろにされているような気がして無性に腹が立った。
大介の代わりにはなれないことが、悔しかった。
「貴方は、優しいのね」
優しくなんてない、と嵐は首を振る。
だって俺は、雛の為に何もしてやれない。
静かに涙を流す嵐は、ふと右肩に温もりを感じた。何時の間に移動していたのか、すぐ傍に立っている明子。
嵐が視線を上げれば、明子が両目いっぱいに涙を溜めて微笑んだ。
「どうか、雛ちゃんを幸せにしてあげて?あの子には、笑顔がよく似合うんだから」
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