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プロローグ 鎮まらない心と身体(龍之介side)
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【プロローグ】
一学生に与えられるにしてはやけに広々とした自室のバルコニーの柵にもたれかかり、黒シャツの前を全開にしたまま、月を仰ぐ。
青葉の香りをたっぷりと含んだ5月の風が肌に心地よかった。
野性味溢れる長めの硬い黒髪が風に乱され、薄く大振りの唇をかすめていく。
不意に口寂しくなり、ポケットの煙草に指を伸ばしかけて、舌を鳴らした。
特異な事情から、煙草は肺活量に一切関与しない無味無臭のものを愛用していた。
その昔、自虐的に匂いもタールも格別に重いものをふかしていた頃。
『命が惜しくないのか!? そんなに吸いたいのならこれでも吸ってろ!』
と金持ちの知り合いから押しつけられたものだ。
何やら特殊な製造過程を経ているらしく、通常ルートでは手に入れることさえ難しい。
味にも銘柄にも取り立ててこだわりはなく、煙が天に昇っていくのを見るのが好きなだけだったから、ありがとよ、と気軽に受け取り、試しに吸ってみたところ、悪くなかった。
DRAGという自虐的な名前も気に入った。
『……おかしなモン押しつけて、オレをどうこうしようって腹じゃねェだろーな?』
嘲笑うように流し目で問えば、
『バカが。薬が効くような身体だったら、とっくの昔に好きにしてる!』
強気に言い返してきた瞳の奥にわずかな動揺が見て取れて、笑った。
未だ成長途中だった頃。
極上の美少女顔負けの外見を武器にさんざん貢がせた男は、こちらが立派な雄に育ってなお未練を断ち切れないらしく、何かと構い倒してくる。
面倒ではあるものの、男の持つ途方もない財力と力は時に便利で、手放すには惜しかった。
何より殊更高く売りつけた初めてを無理に奪ったと思っている男が哀れでかわいく、まぁ好きにしろと放置していた。
自分に関わるとみな不幸になる。
口にすると一様に怒り出すが、間違いのない事実だ。
だからといって己の在り方を変える気など毛頭ないのだが。
欲しいのはギリギリのスリルだ。
魂がヒリつくほどの断崖絶壁を駆け上がらなければ満たされない。
もはや病気だ。
お陰でおまえにはついていけないと、去っていった恋人は数知れず。
自分なりには大切にしたつもりでも、それが相手の望む形と乖離していたのでは意味がない。
……コイツもまたダメか。
そう思った途端に冷める自分にも問題はあるのだろう。
夢中になれる時間はあっという間だ。
命を燃やし尽くすようにのめり込み、肌を重ね、毎回この男なら……そう思う端から崩れていく。
過酷な愛し方をしている自覚はあった。
だからこそ無理やり縛りつけることだけはしないと決めていた。
またかというあきらめと、痛みばかりが澱のように闇の底に降り積もっていく。
「……龍ちゃん? いいかげんにしないと、風邪引くよ」
春先の夜風に震えながらバルコニーに出てきた小さな温もりが、ピタリと背中に張りついた。
同病愛憐れむ。
コイツもまた、ひどく壊れている。
壊されたい克己と壊したい自分は相性がいいと思うのだが、残念ながらまるでソソられない。
依存性の高さが、恋人としては致命的だ。
男子ばかりが集う学園で姫などとふざけた呼び名が冠された少女のように愛らしい外見も、己の好みからは程遠い。
昔から骨のある男しか愛せない。
折れそうもない男を屈服させ、思うままに貪ることに快感を覚えた。
そのくせ征服した果てに寄りかかられると、もはや物足りない。
いたずらにプライドをへし折られる側はたまったものではないだろう。
たとえ愛ゆえだとしても理解などされまいと己を嘲笑う。
ギリギリまで耐えた魂が、もはやこれ以上はと悲鳴を上げる様はそれは鮮やかで美しい。
夏の夜に弾ける花火にも似た感動を残して、永遠の闇に消え去っていく。
そしてまた独りになった。
温もりが乾いた肌に染み渡る。
痛みは噛み殺して生きてきた。
行き場のないやり切れなさに、熱が上がる。
振り返り抱き寄せて、服の隙間から乱暴に肌をたぐれば、
「……またフラれたの?」
やわらかなアルトで、仕方ないなぁと苦笑された。
「……慰めろ」
低くささやけば、腕の中の細い身体が震えた。
「その声、反則……っ」
なぜか昔から、この声に堕ちる者は多い。
声変わりしてからは耳にするだけで濡れるだの、悪魔のような美声だのと、好き勝手に祭り上げられてきた。
執着はないが、便利だとは思う。
誰もがたやすく身体を拓く。
たった1人を失えば、どの身体も同じこと。
熱を吐き出す。
ただそれだけの行為に、意味などあろうはずもなく。
馴染んだ身体を手早く反転させ、バルコニーに押しつけた。
「ぁ……っ」
乱暴に制服の下と下着を引き下ろし、足をかけて完全に剥いでしまう。
狭間に唾液を垂らしただけで、手早く己の下肢をくつろげた。
粘膜が触れる。
狭いそこに己の猛った凶悪なものを、無理やりねじ込んでいく。
本当は意地悪くドロドロに溶かす方が好みだが、相手がそれを望んでいないのなら仕方がない。
「ふぁ……っ」
克己が甘い声を上げた。
痛みが快感に変わる。
仕込まれ過ぎた身体が憐れで、無為に腰を振る自分が滑稽で、何だかなぁ……とやるせなく月を仰いだ。
冴え冴えとした月明かりがやさしく夜の闇を包む。
陽の光のもとで咲き誇る可憐な花より、月明かりに濡れて淫らに狂い咲く徒花がいい。
己のすべてを受け入れ、なおも熱く煽るような誰かに、それでもいつか出会えるのだろうか?
欲望のたけを細い腰の奥深くに注ぎながら、性懲りもなく繰り返される淡い期待を、嘲笑の中、ひっそりと噛み殺した。
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サイレンサーつきの自動小銃から右手を離し、チームの面々に身振りで付いてこいと指示を出すと、迷路のように入り組んだ路地に踏み込んだ。
少し風が出てきたようだ。
訓練された足音は夕暮れ時の乾いた風が赤砂を運ぶ音に消され、敵に届くことはない。
生暖かい風でもないよりはマシだ。
茶系の迷彩服と土色のターバンで目元以外を深く覆い、長時間、敵の同行を探るために灼熱の太陽に焼かれ疲れ切った肌を、いくらかでも癒してくれる気がした。
「……!」
前方で人の気配を感じ、止まれと仲間に指示を出す。
すっと深く息を吸い、少し吐いてから止めた。
本気で気配に集中する時は、自分の呼吸音でさえ邪魔になる。
足音が近づいてきた。
3…いや、4人か。
右手の人差し指を立てて、4人中、1人は捕獲しろと指示を出す。
ターゲットのいる場所を正解に洗い出せなかった以上、敵を捕まえて吐かせるしか道はない。
できれば単独行動している敵を捕えたかったが、この際贅沢は言っていられない。
4人の隊を分割し十字路の左右に分かれ、敵を待つ。
すでに敵の本拠地が違い。
自動小銃を下ろし、ナイフやワイヤーで接近戦に備えた。
背中を汗が伝い落ちていく。
喉の奥がヒリつき、暑さのあまり目眩がした。
砂漠地帯で限界を超える暑さと闘っていると、時折ひどく投げやりな気分になるのはなぜなのか。
太陽に……それこそ灼熱の大地にまで、この小者が無駄なことをと嘲笑われている気分になる。
だが、怒りや苛立ちを覚えたら負けだ。
外部の変化に対して感覚器官だけを素直に開け放ち、そこだけに集中して、余分なエネルギーの消費を断つ。
やがて敵を射程距離内にとらると、全身の細胞が弾けたように視界がクリアになった。
どの筋肉をどの強さで動かせば目的を達せられるかは、訓練された身体が覚えている。
自分と仲間3人の身体が音もなく動き、ナイフとワイヤーが閃いた。
やがてドサリと敵が倒れる音が重なった。
2人の利き腕にはナイフが刺さり、ワイヤーに脚を取られた男がその上に重なっている。
振り返ればすでに仲間の一人が敵の首に手刀を落とし、即刻気絶させていた。
コイツらは運がいい。
ある程度余裕があれば、こうした末端にまで手をかけることはせずに済む。
子供を売り買いするディーラーや組織の幹部ならばともかくも、単に金で雇われた兵隊をいくら始末したところでトカゲの尻尾切りにしかならない。
彼らの家族からすれば、たとえ金で雇われ悪事を働くクズでも、大事な父であり夫に他ならない。
一家の大黒柱を失い路頭に迷うガキばかり見てきたからだろうか。
なるべくなら生きて返してやりたいと思ってしまう。
いつかはその甘さが命取りになるぞと言われても、それならそれでかまわなかった。
もっとも仲間の命に危険が及ぶ時は別である。
迷わず銃の引き金を引く。
聖人君子を気取るつもりはない。
すでにこの手は血に塗れていると己を嘲笑いながら、仲間と協力して敵の手足を縛り、口に入れたタオルを後頭部で結び、道の端に投げ出した。
髪をつかみ、壁に押しつけて、覚醒を待つ。
「ぅ…っ、……!?」
ナイフを暮れ時の太陽にかざし、切っ先を額に押しつけた。
腕の中の身体がブルブルと震え出す。
「……ガキどもはどこにいる?」
ジッと目を見据え、覚えたばかりの現地の言葉を操り、抑えた声音で問うた。
その声の魅惑的な響きに状況も忘れて魅入られた敵が、ハッと気づいたように知らないと首を振った瞬間、ナイフを深々と男の脚に突き立てた。
「……っ!!」
声なき悲鳴が空気を揺らす。
「……助かりたいのなら、吐け」
命を危険にさらされた敵は、藁をもつかむ勢いでコクコクとつなずいた。
「……イイ子だ」
叫んだら殺すと視線で語り、口元のタオルを外すと、大きな声を出せないように、喉元をグッと指で押さえつけた。
「????っ」
異国の言葉は理解不能だったが、幸い、多ヶ国語を理解する有能な仲間がいた。
「????」
「????」
「この先を右に曲がった奥の倉庫だ。見張りは2人。鍵はその見張りが持っているらしい」
必要な情報は引き出した。
そう判断し、人質の首元を押さえる指に力を込めた瞬間、敵が目を剥いて落ちた。
帰りにここを通る際に子供たちが驚かないよう、敵の身体を適当に隠して、倉庫に急いだ。
場所さえわかれば、後は造作もない。
見張りを倒してから鍵を開け、暗い中をうかがえば、十数人の年端もいかない子供たちの揺れる瞳が見つめてきた。
「???」
仲間の声でざわついていた子供たちが大人しくなる。
2人が先頭に立ち、2人が後方を護衛する形で帰りを急いだ。
幸い周囲の警備は手薄で、路地の外に出るのは難しくなかった。
死角になった砂丘の一角に隠されたランドローバーから別働隊が駆け寄ってきて、次々と子供たちを保護していく。
自分もまた仲間とともに一台のランドローバーに乗り込むと、ターバンを外して深く息をついた。
安堵とともに、身体の奥深い場所から、猛烈な飢えが襲ってくる。
「……ハァ」
それに気づいた長身長髪、金髪碧眼のルイが、いつになく興奮した面持ちでこちらの熱を手の平でそっと握り込んできた。
100人いたら100人が息を呑むほどの美形だが、いかんせん容易には近づけない氷のような空気感と切れそうな眼差し、飾らぬ物言いに玉砕する者は数知れず。
仲間内でも少々浮いた存在のルイが、なぜか自分にだけは心も身体も惜しみなく開き、その命すら預けようとする。
多カ国語を操り、数多の戦術を操る天才と言ってかまわない頭脳の男に認められ、惚れ込まれた誇らしさはあれど、一度家族同然の存在になってしまった相手に恋心を抱くのは難しく、毎度複雑な想いが込み上げた。
コンマ数秒の逡巡の後、好きにしろと投げやりに目を閉じると、繊細な指先が質量のある熱い塊を取り出して、音を立てて美味そうにしゃぶり始めた。
「ルイばっか、ズルイ! じゃあオレはこっち!」
小柄で俊敏な小動物を思わせるマコトが大きな瞳を輝かせ、唇に吸いついてきた。
大振りで肉感的だと言われる唇を仔犬のように舐め回され、くすぐってェよ、と首を振ろうとしても、頬を抑える力の強さは驚くほどだ。
そうこうする内にも、ルイの口腔内に呑み込まれた分身はズクン、ズクン、と甘い疼きを訴えてくる。
思わず吐息をつけば、その隙をついて口内に生き物のような舌が侵入してきた。
「……んっ、リューの舌、甘……っ」
しなやかな舌がねっとりと絡みつき、的確に甘い刺激を与えてくる。
仔犬然と甘えて見せているが、瞳の奥にチラつく獰猛さはむしろ狩猟犬のそれで。
望んで抱かれているように見えるマコトだが、隙を見せればいつだって抱いてやるんだからなと言いたげな攻めの気配が色濃く漂い、そのアンバランスさが妙な色香を生んでいた。
「マコ……オレ…もっ」
片や、か細い声で喘ぐのは、分厚い黒髪で両目を覆い隠した長めのボブヘアのハルトだ。
それで見えているのかと常々疑問に思うのだが、その下にはさらに薄いゴーグル状のメガネまでつけて素顔を隠しているのだから、徹底している。
自分の顔が大嫌いなハルトのトラウマは根深い。
「かわいそーだけど、ハルは運転があるからなぁ」
「……でも…オレ、我慢…できな…っ」
「ふ…っ、おまえは自分のものでも擦っとけ」
ルイが目の前の熱から唇を離して、意地悪そうに笑った。
「……嫌だ。リュウのが…イイ……」
「はっ、普段はカタコトのくせに、こんな時だけよくしゃべる」
明らかな悪意を含むルイの言葉に、ハルトはオドオドと目を泳がせたが、発情した身体に負けたようだ。
バックミラー越しにこちらを見つめると、自ら下肢をくつろげ、己の熱に触れて熱く吐息した。
「……ハル、ヤんなら自動運転に切り替えろ。つっても一応目ェ離すなよ?」
後でご褒美やるから、しっかり役目を果たせとバックミラー越しに目で語れば、ふにゃ……と涙目で笑って頷いた。
「まったく、イライラするヤツだ……うっ」
ため息をついたルイの後頭部に手をかけて、グッと深く己に導いた。
「ぜんぜん、足ンねェ。……オラ、もっと気合い入れてナメろ」
グイグイと喉の奥を突かれながらも、いつにも増して色艶を含む声に、ルイの瞳と身体が濡れていく。
「ふ…っ、んぁ…」
もはや全員が己の手や仲間の口や身体に、本能のまま己の欲望を擦りつけていた。
戦闘の後はいつでもそうだ。
生存本能が疼くのか、たまらなく欲しくなり、果ての見えない欲望に翻弄される。
「……っ」
やがて、ビシャっと白濁がルイのなめらかな頬を打っても、下肢の熱はまったく収まる気配を見せなかった。
「ほら、ルイどいて!」
濡れた先端に唇を寄せたマコトが、ちゅうちゅうと残る蜜を吸い上げる。
はぁ……と深く吐息しながら、天井を仰ぎ、目を閉じた。
「……ンとに、全然足ンねェ……」
実際、何度、仲間の口や身体の奥に欲望をブチまけても、飢えが収まることはなかった。
身体以上に心が飢えていた。
この飢えを手軽な情交で満たすのは難しい。
たまらなく誰かが欲しくなる。
自分を夢中にさせてくれる誰かの熱が。
簡単には堕ちてこない、狩りがいのある魅惑的な獲物。
「もっとだ……、深いトコまで入らせろ」
「その声、ヤバイ……っ」
実際に擦れ合う粘膜以上に耳で感じたマコトが、ビクビクと震えて、白濁を飛ばした。
満たされない心とは裏腹に、強烈に収縮する内壁に、この日何度目かもわからない絶頂を迎えると、弛緩してゆくマコトの身体を支えてやりながら、ランドローバーの窓の外の暮れていく赤い砂漠を長いことじっと見つめていた。
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