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共犯(士郎side)
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「そのまましばらくお預けだ」
「な…っ!?」
「ギャラリーにエロい顔さらしとけ」
「無理っ」
バルコニー越しに、克己と龍之介のやり取りが聞こえてくる。
一見、ごく普通に振舞っている克己の様子が明らかにおかしいことには、早い段階から気づいていた。
昔から心のバランスを崩すと、克己は他人ではなく自分自身に刃を向ける。
服の下に隠された無数の傷を思うと居ても立ってもいられない衝動にかられたが、かといって手離すことを決めたばかりの自分が動くわけにもいかず、数日が瞬く間に過ぎていった。
そんな時、克己が心配かと聞かれ、様子を見てきてやろうかと問われれば、たとえ相手が天敵の龍之介でも、その誘惑に抗うことは難しかった。
少なくとも相手が龍之介なら、克己は素直にすがるだろう。
代償に唇を要求された時には殺意を覚えたが、ほんの一瞬、犬に噛まれたと思って耐えさえすれば、少なくとも今夜一晩、克己は1人で震えずに済む。
別に初めてでもなし、迷う余地などなかった。
好きにしろと、半ば投げやりな気分で目を閉じれば、クイッとアゴを持ち上げられ、まるで噛みつくように口づけられた。
本気で喰い尽されるかと思うほどの勢いで唇が重なったかと思えば、力強い舌でねっとりと舐められ、唖然としている隙をついて、奥まで侵入を許してしまう。
いい加減にしろと言いたくても言葉にならず、押しのけようとしても、堅い身体はビクともしない。
いくら身体に力が入り切らないといっても、片手の使えない相手に押しのけることさえできないなど、信じられなかった。
口腔内を縦横無尽に動き回るそれは、もはやキスというより、全身を舐め回される感覚に近かった。
克己とだって、こんな激しいキスはしたことがない。
腕を解かれてからも、しばらくは口をきくことさえ難しかった。
ひたすらに龍之介を睨みつけ、どんな罵詈雑言を吐いてやろうかと思ったが、何を言っても負け犬の遠吠えになりそうで、ただ約束は守れとだけ告げた。
それが昨夜のことだ。
約束を守り、龍之介は今克己抱くために隣室にいる。
自分で招いた結果なのに、早くも後悔していた。
ベッドに倒れこんで耳を塞いでも、誰より愛しい克己の声はどこまでもクリアに脳裏に響いて、こちらの心をかき乱してくる。
「だぁれが身体起こしてイイつった?」
「あ…っ」
嫌がっていた克己の声に、甘さが滲む。
「龍ちゃ…っ」
「あぁ、これでも食っとくか」
一方、龍之介の声はひどく冷えていた。
「……っ……もっと…、して…っ」
パシッと肌を叩く音がした。
「……裂けたな。ったく、カラダ傷つけるとか、……ねェわ。見てて痛ぇンだよ、オマエ」
「も…、入れて…っ、足りな…っ」
「しゃーねェな」
「あ…っ、それ好き……っ」
「あんま暴れンな。カラダぶっ壊れンぞ」
「や…っ」
「……またアイツに恨まれっかな」
自嘲するような龍之介の声に胸を突かれ、閉じていた目を見開いた。
「あっ、あんっ、龍ちゃ…っ、もっと…っ」
喘ぎ声はしだいに激しくなり、一際切なく啼いたかと思うと、やがて長く尾を引いて消えた。
辺りに静寂が戻っても、隣室に動きはなく。
何かあったのかと、ためらいながら隣室のドアを開け、そっとテラスの様子をうかがった。
「……オマエ、ベクトル狂いまくりなンだよ」
克己の濡れた額に、苦笑混じりの労わりのキスを落とす龍之介の姿があった。
ただならぬ雰囲気に近づけば、シャツを真っ赤に染めた龍之介が、腰から血を流す克己を抱いていた。
「……っ」
瞬間的に、龍之介を殴り殺したい衝動にかられたが、これは克己が望んで負った傷であることは、一部始終を耳にしていた自分にもわかっていた。
かろうじて自分を抑えると、無言のままシャツを脱ぎ、克己の上にふわりとかけて、龍之介の腕の中から力のない身体を抱き上げた。
「……あまり無理をさせるな」
「そンなに大事なら、オマエがヤってやれよ。コイツの様子がおかしいから見てきてくれって頼んだのは、誰だっけな?」
強烈な皮肉に射るような視線を向ければ、逆に欲望に濡れた目で見られて、視線をそらした。
「お望み通り、慰めたぜ?」
「ここまでしろとは頼んでない」
「こーなることは容易に予測できたろ?」
龍之介の言う通りだった。
「オマエと離れて、オレにもすがれなくて。長い夜を独りで耐えてたンじゃねーの? ……かわいそーにカラダ中、傷だらけだ」
オマエはわかってたよな? と、龍之介が詰め寄ってくる。
「わかってて、放置した」
つかの間、見つめ合った。
命を取り合うように激しく、己の存在で相手を焼き尽くすように熱く。
先に視線をそらしたのは自分の方だった。
「……別に責めてるわけじゃねェ」
龍之介がこちらの肩に、唯一自由になる右手を置いた。
そのまま首筋を撫で上げられ、ビクリと身体が震えたが、もはや振り払う気力もなく放置した。
不意に唇を奪われて、唖然とした後、腹を思い切り蹴り上げると、龍之介が背後のテーブルに手をついた。
思わず、脱臼後の利き手を使ったらしく、痛みにうめいたが、龍之介はなぜかニヤリと笑って言った。
「やっぱオマエは、こーでなくちゃ……な」
「……っ、今度やってみろ、両手両足脱臼させて、文字通り身動き取れなくしてやるよ」
「オマエが上に乗ってくれンなら、それでもいいンだぜ?」
「オレ相手にそういう冗談は金輪際やめろ。……虫酸が走る」
「冗談じゃねーよ。本気でオマエが欲しいンだ」
「……っ」
「コトバなんて、どーでもよくね? カラダで語り合おうぜ」
無言で龍之介をにらみつけていたが、やがて埒があかないとあきらめ、ため息の中で背を向けた。
「はぁ……。さすがにココまでさせられると痛ぇよな」
背後を振り返れば、龍之介がテラスの柵に頬杖をつき、静かに目を閉じていた。
どこか疲れたような姿に、龍之介もまた傷ついているのかもしれないと知り、動けなくなる。
一見面白おかしく生きているような男だが、弱い者に対しては無条件の庇護を与えるやさしさがあった。
人の痛みのわからない男でもない。
ひどく嫌な役を押しつけた。
本当は責めるより先に、言う言葉があるはずだ。
ためらいながらも振り返った時だった。
不意に目を見開いた龍之介が、階下の庭を見つめていた。
「どうした?」
「あンな美形、うちの学園にいたかと思ってよ」
克己を抱いたまま龍之介の横に並び、視線の先を追う。
「……やはり、そうか」
「って、知ってンのか?」
「昔一度だけ会ったことがある」
向こうは自分を覚えていないようだったが。
「だが、アイツなら……」
少なくとも克己を任せられる。
恋人とガード役を一気に引き受けてもらえれば、自分としても本当の意味で肩の荷が下りる。
「惚れてたとか言うなよ?」
「おまえの頭の中にはそれしかないのか?」
呆れ顔で問えば、ねェかもな、と苦笑された。
「惚れてる相手の過去は、気になって当然じゃね?」
「……おまえには関係ないことだ」
「はァ……。サイアクな気分の上塗り、サンキュ。そーゆーの、今はマジでいーわ」
険しくなる表情を隠すかのように、龍之介硬めの黒髪を掻き乱し、口元にかすかな笑みを掃く。
やってらんねーな、と乾いた声でつぶやき、月を見上げた。
いつだって飄々とした顔で、すべてを簡単にこなしてしまう男だから。
龍之介にも人として当前の痛みがあることを、時々忘れそうになる。
龍之介にすべてを被せた挙句、その結果に苛立ってばかりの自分が情けなかった。
「……すまない」
いつになく愁傷な言葉が、自然と口をついて出た。
「は……?」
龍之介は目を見開いた後、バーカ、と笑った。
「オマエの比じゃねーよ。……こんなン、今までよくガマンできたな。……スゲェわ」
克己の傷だらけの身体を見つめながら言う龍之介の声のやさしさに、不覚にも鼻の奥がツンとした。
今まで誰にも言えずに抱えてきた痛みを、わかってくれる相手がいる。
それだけで、ここまで心が楽になるのかと、目を閉じた。
「今グラッときたンじゃね?」
「……くるか」
「こねェのかよ! ざーんねんっ」
「バカ言ってる暇があるのなら、克己の手当てを手伝え」
「ハイハイ。風呂にはオレが入れてやるよ。オマエじゃ勃っちまうもんなァ。焼け木杭に火がついてもかなわねーし?」
「……やはり一度死んでおくか?」
「ベッドの中で死ねたら本望だ」
足蹴りしたが、すんでのところでかわされた。
今度こそ明るく笑う龍之介にため息をつくと、いくらか救われた気分で、その広い背中を追った。
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