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取り引き(龍之介side)
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士郎は一度キツく目を閉じると、ゆるゆる息を吐き出しながら、
「……頼みがある」
全気力を振り絞るようにして、言った。
途端に、喜びと愛しさが怒涛の勢いで押し寄せてきて、目が眩むほどの高揚感を覚えた。
「……遅せェよ」
そんな自分がおかしくて、クスリと笑った。
「で? 何がお望みだ?」
「……トレジャーハントのペアは、抽選で決めるんだったな」
「けどありャ、ペア入学のヤツらは例外だぜ?」
思わぬ方向に会話が流れた。
士郎の意図するところが見えなくて、困惑する。
「克己と組ませたいヤツがいる」
「って、あの瓶底メガネかよ?」
「達也だ」
克己がオトすと宣言し追い回したことで、一躍有名人の仲間入りを果たしたメガネ君は、どんな下手をこいたのか、現在絶賛克己からシカトされまくりの、哀れな身の上にある。
その上、克己は夜な夜な部屋の前の庭に現れる、道着姿の謎のロミオに夢中ときた。
「……今さらじゃねェの?」
「できるのか?」
畳みかけるように聞いてくる。
「まァ、できねェこたねェけどよ」
「なら、やってくれ」
「……仰せのままに」
そこまで言うならと、うなずいた。
さて。これで契約は交わされた。
あとはこちらが欲しいものを提示するだけだ。
目を細め、唇を舐めると、目の前の身体が強張るのがわかる。
何かを頼まれるたびにキスを要求していたら、お願いイコール、キスを強請られていると錯覚しそうだ。
それも悪くない。
悪くはないが、正直、もういい加減キスだけでは足りなかった。
時間があるのなら、さんざん焦らして落ちてくるのを待つのも楽しい。
だがハルトから聞かされた刺客の存在が、思考に暗い影を落としていた。
命を狙われるのは初めてではなかったし、返り討ちにしてやる自信もある。
だが、物事に絶対はない。
強い者が必ずしも生き残れるわけでなく、偶然の流れ弾に当たって死んでいく英雄だっている。
今手を伸ばせば手に入るかもしれない。
今手を伸ばさなければ、永遠に届かないとしたら。
死を前にして何かを後悔するような生き方だけはしてこなかったつもりだ。
これからもしたくはない。
「……誰も知らねェオマエの身体に、オレを刻みたいって言ったら……どうする?」
この流れで、まさかキス以上を要求されるとは思ってもみなかったのだろう。士郎が目を瞠って、絶句した。
「殴らねェの? ……都合よく解釈するぜ?」
畳みかけるように、押した。
いつもより、士郎の瞳の力が弱い。
揺れている証拠だ。
いけるかもしれない、と思った瞬間、悲哀めいた感情に支配された。
日常的に命のやり取りをする自分と、表の世界を歩く士郎の間には、目には見えない厚い壁、永遠をも思わせる距離がある。
身体を重ねても、たとえ想いが届いても。
闇の世界に引きずりこむつもりは、端からなかった。
士郎は闇の世界でしか生きられない自分とは違う。
手を汚さずに生きられるなら、絶対的にその方がいい。
自分の境遇を呪うつもりも後悔するつもりもなく、このヒリヒリと肌が焼けつくような生き方が合っていると心底思っていたが。
誰かに惚れた時だけは、それでもほんの少しだけ、自由という言葉に憧れたりもした。
ほんのわずかな間だけでいい。
たった一度でもよかった。
士郎の中に己を刻んで、愛しい身体の再奥で果てて、泥のように深く眠りたい……。
「……なぜ、オレなんだ?」
やがて、永遠のような沈黙の後、士郎が言った。
「何で……? そんなン知るか」
惹かれた訳なんて、はいて捨てるほど思いつく。
だが今この時に伝えたい言葉は、一つだけだ。
「オマエに惚れたからだろ」
ゆるゆると、士郎の唇から吐息がこぼれた。
伏せられていたまつげが持ち上がり、まっすぐに見つめてくる。
「……好きにしろ」
「は……?」
聞き違いかと思った。
「いつまで間の抜けた面をさらしてるつもりだ?」
「や……、だってよ、ホントにいいのかよ? オマエ、何されるかわかってンのか……?」
仮にも克己を抱いていた相手に、バカな質問だとは思いつつ、にわかには信じがたくて、重ねて聞いた。
「男に二言はない」
「……っ」
覚悟を決めた瞳を、たまらなく綺麗だと思った。
「アイツのため……? 克己のために、オマエはそこまですンのかよ?」
「他に何がある?」
自分から手を伸ばし、強引に押しておいて、その結果に喜び以上のショックを受けるなどバカげている。
それでも、この誘惑に背を向けることなどできるはずもなく。
不意に頬に触れられて、ビクッと身体を震わせた。
「……?」
「……泣いているように見えた」
「は……? ンなワケねェだろ」
汗か単に跳ねた水だ。
ゴシゴシと両手でで顔をこすった。
「……途中でヤメロとか言われても、ヤメてやれねェからな」
狂った調子を取り戻そうと、あえて凄んで見せると、
「……まるで、むずがる子供だな」
士郎はこちらを唖然とさせるようなことを言うと、月明かりのもとで咲く花のようにひっそりと艶やかに笑った。
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