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記憶(士郎side)
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静まり返った薄暗い空間にいると、ひどく落ち着いた。
昔から独りになりたくなると決まって訪れた、中等部と高等部の間に位置する、2階席まである扇型の講堂。
天井は高く、木材とコンクリートがほどよく調和した造りで、幾重もの幕の向こうには、コンサート用の立派なグランドピアノが置かれていた。
イベントで使われていない時の講堂はいつもシン……と静まり返っていた。
昼は天井の円形の窓から差し込む光で、仄かに淡く照らされ、夜は月明かりで幻想的な光の階段ができ上がる。
部屋にいて簡単に会いに来られるのも癪だと、病み上がりの身体慣らしもかねて学園内を歩き回ったが、結局、人気の多い場所は落ちつがず、行き着いたのがここだった。
充分なクッション性のある椅子は快適で、リクライニングを効かせると、そのまま眠ってしまいそうになる。
2階の1番奥のいつもの席に座り、目を閉じた。
克己のガードをしていた時には滅多に一人になるチャンスはなかったが、これからはこういう時間が増えていくのだろうと思うと、嬉しいような寂しいような複雑な気分だった。
不意に中等部に入学した当初、ここで耳にしたピアノの音色が鮮明に思い出された。
今より遥かに不安定で、心に深い傷を負っていた克己を抱え、見知らぬ土地に2人きり。
幼い自分の心は張り詰め、疲れきっていた。
克己が泣き疲れて深い眠りに落ちたのを見計らって、よく夜中に部屋を抜け出してはここに来た。
するとかなりの確率で小柄な誰かが、幕の向こうのピアノを奏でていた。
深く哀しげな音色に、胸を打たれた。
孤独な音だった。
それでいて胸が痛くなるほどの、研ぎ澄まされた刃のような気高さがあった。
何度も声をかけようと思ったが、ためらわれた。
声をかけたら最後、二度とその音色に触れられなくなりそうで、ただ空気のようにじっと音に聞き入っていたことを思い出す。
あれから何度か機会を見つけてはここに出向いてもみたのだが、鍵が閉まっていたり誰もいなかったりで、あの音色に出会えたことはない。
おそらくはすでに退学してしまっているのだろうと思うと、なぜ声をかけなかったのかと悔やまれてならなかった。
不意に背後のドアが開く音がした。
気配だけでわかってしまう。
ひどく肌がざわついた。
もとより長く姿を隠せるとは思っていなかった。
生徒会副会長の権力は絶大だ。
周囲の空気が一気に薄くなった気がして、呼吸を深くしながらも、自分から振り向くのは癪で、あえてそのまま相手の出方を待った。
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