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迷い犬(龍之介side)
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数々の言葉で絡め取り、抵抗の弱くなった士郎の腕を傷のない左手でつかんで引くと、身体の奥が痛んだのかバランスを崩して腕の中に崩れてきた。
両サイドに設置されたバルコニー席から一階席に降りる細い階段を、手を引いて降りた。
後ろからは容赦のない拳や蹴りが山のように飛んできたが、心も身体も熱に浮かされているせいか、痛みもどこか遠く甘く、煽られているようにしか感じなかった。
やがて幕下を通り舞台中央に登ると、長椅子に突き飛ばし、ピアノに両手をついて、士郎をその狭間に拘束した。
「離せ……っ」
「もうカラダの奥、溶けてンじゃねェの? ぜんぜん力が入ってないぜ?」
「……っ」
初めての夜、首筋に残した跡が目に映る。
幾分薄くなったそれに噛みつきながら、消えない跡を残したい欲求が膨らんでいく。
脚を膝で割ると、互いの熱が腿に触れた。
わずかに呼吸が荒くなる。
ピアノの鍵盤カバーを跳ね上げて、 低音をオクターブで鳴らせば、腕の中の身体がビクリと跳ねた。
ベートーベンの月光の伴奏ラインを、左手のみでたどる。
ベーゼンドルファー特有の、豊かで奥行きのある音色。
精緻な高音も捨てがたいが、この低音に痺れた。
ゆくゆくはこの低音を聴いただけで濡れるように仕込みたい。
月光の、ひたひたと静かに満ちてゆくメロディーは、目の前の男によく似合う。
月明かりに照らされた白銀の波のように美しく切なく、あくまで静かに寄せては返し、やがて儚く消えていく。
リンに買わせたベーゼンドルファーに夢中になっていた頃、講堂に迷い犬が紛れ込んだことがあった。
迷い犬は2階席の一番後ろで、面白いほど微動だにせず、いつも静かに音に聞き惚れていた。
奇しくも今日士郎が座っていたのと同じ席だった。
「やっぱり、オマエだったか……」
「……?」
士郎が訝しげな目を向けてくる。
克己を通して出会った時ももしかしたらと疑問を覚えたが、ズブ濡れの子猫から唯一の保護者を奪うほどの熱は未だなく、克己を介した妙な関係が始まった。
それはそれで楽しかったが、今となってはひどく時間を無駄にした気もした。
左手でオクターブの伴奏ラインを辿るたびに、士郎の抵抗が弱まり、やがては完全に止んだ。
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