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弱い真白
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翌朝、真白は気を失ったように眠ってしまったらしく、気が付いたら朝だった。少し前からブレスレット型の端末にセットしてある目覚まし時計が鳴っていた。真白はぼんやりとしながらスイッチを切り、白い天井をしばらかく見つめていた。昨日、佐伯の父親、真白の会社の社長との食事が夢だったら良かったのにと考えると、また涙が出てきた。しかし、今日は平日で仕事が待っている。泣き腫らしてはいられないと、真白は体を起こした。
「いった…!」
酷い頭痛があった。恐らく昨日社長に勧められた赤ワインを飲んだせいだろう。こめかみを押さえて痛みの波をやり過ごす。これは鎮痛剤を飲まなければならないと思い、真白は薬箱のあるクローゼットまでそろそろと歩く。静かに歩いていても振動で頭が酷く痛んだ。部屋には食べる物が何もない。本当だったら佐伯のマンションにいるはずだったので食品は買い置きをしていなかった。どのみち今の真白の胃袋には何も入れられない。まだ胃に鈍痛が走る。ちゃんとしなければと、真白は胃を押さえて目を閉じる。大丈夫、大丈夫、考えても仕方ない事は考えない。そう自分に言い聞かせ、薬を飲んで、しばらく休んでから部屋を出た。
『真白、おはよう。いい子にしてる?明日の夕方には戻るからね』
通勤中に佐伯からメールを受け取った。会社の最寄り駅で下車すると、真白はそのままトイレに駆け込んだ。佐伯に会いたい。会えないならせめて声を聞きたい。そう思って佐伯の番号を呼びだした。でも発信ボタンを押せない。今の状態で佐伯に電話なんかしたら、自分はきっと弱い自分をさらけ出してしまう。そうしたら佐伯は何をおいても真白の為に帰ってくるだろう。それだけは避けたい。佐伯の愛情は嬉しいけど、それを許す自分は嫌い。真白は呼びだした佐伯の番号を終了し、大きく深呼吸をしてトイレの個室を出た。
「おはようございます、前島部長」
「おはよー…ってどうした? なんか顔色ワリぃな?」
「…そうですか? 昨日ちょっと赤ワインを飲んだから二日酔いかも…でも大丈夫です。薬も飲みましたし、問題ないです。」
「二日酔い? お前が? めずらしいな~」
真白は赤ワイン以外の酒なら、結構飲める方だった。二日酔いもほとんどしたことがない。
前島とエレベータホールで会い、そのまま一緒にエレベータに乗り込んだ。朝いつもよりも少し遅い時間だったので、人も多くいた。フロアにいた人々が真白に挨拶をしていく。真白もニコニコと挨拶を返す。真白の笑顔からは誰も昨日のショックに気付く者はいなかった。大丈夫、大丈夫、誰にも気づかれない。このまま問題なく仕事もできる。真白は心の中でずっと呪文のように大丈夫を繰り返していた。
昼になって、各自昼食を取りに席を立ち始めた。隣席の山村も待ってましたと席を立ち真白に声をかけた。
「水上、お昼さ、新しく出来た定食屋があるから一緒に行く?」
「…ありがとうございます。でも、今日は社食に行きます。仕事が詰まってて。」
「そう? じゃあ、俺、行ってくるわ!」
山村はニコニコとフロアを後にする。前島弟と伊藤もそれぞれ食事を摂りに席を立った。真白は朝から…というより、昨日の夜の食事を全て吐いてから何も食べてなかった。でも全然お腹が空かない。お菓子も食べたくない。何もいらない。今食べたら吐きそうだ。そっと席を立って、またトイレへ向かう。個室に入って蓋の上に座る。用を足しに来た訳ではない。人の目がない所に行きたかっただけだ。顔を両手で覆う。そしてまた心で大丈夫と繰り返す。朝、佐伯に貰ったメールの返事を書かなければ佐伯が心配してしまう。でも何を書けばいいのか分からない。いつもどおりに書けばいいのだが、それすらも難しい心理状況に真白は追い詰められていた。すると、メールの着信を知らせるバイブが左手首を揺らした。メールの相手は佐伯だ。もう、悩んでいる場合ではない。真白は何もないように装って佐伯にメールの返信をした。
『朝のメールを返せなくて、ごめんなさい。今日は少し寝坊しました。でも出勤時間には間に合いました。』
これなら、別に問題はないだろうと、返信ボタンを押した。すると、今度は電話の着信が来た。佐伯からだった。真白は動揺した。まさか電話が来るとは思わなかった。心の準備が出来ていない。でも出なければ佐伯はきっと自分を心配する。真白は意を決して応答を押す。電話の向こうから、ずっと聞きたかった愛しい人の声が聞こえ、胸が熱くなり震えた。
『真白? 移動中だった?』
いつもだったら佐伯の電話にはすぐに出る真白がなかなか出なかったから心配している。これはいけない、そう思った。佐伯に悟られてはいけない。真白は声に力を入れて話す。
「佐伯さん、電話…大丈夫なんですか?」
『あんまり時間はないけどね、何かなかった? いい子にしてる?』
佐伯のいつもの優しい声に真白は震える。大丈夫、大丈夫、悟られてはいけない、そう呪文のように心で繰り返す。
「…いい子にしてます。大丈夫です」
『…真白、なにがあったの? 隠し事はしないって約束だよね?』
……ああ、やっぱりダメだった。真白はそう思った。いつだって佐伯には隠し事が出来た試しはなかったのだ。今回もやはりダメだった。真白の事を敏感に気付いてくれる佐伯に真白は嬉しい反面、今はありがたくなかった。こんな弱ってしまった自分を見せたくなかった。
「…なにも……ないです……食事に行きたいので、もう、切ります…」
『? 真白?』
「…ごめんなさい…ごめんなさい、佐伯さん…」
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