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004 迷走
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「泉は本当に雨が好きなのね」
繋いだ手から伝わる、母の温もり。
見上げた母は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
けれど、早く母に伝えなければならない。
「おそといきたい」
「だめよ。お外は雨でしょう?」
伝えたくても、言葉が上手く紡げない。
どう言ったら良いのだろうか……。
「樹も華も小さいから、雨の日はお出かけできないのよ」
窓の外では、雨が徐々に激しさを増していく。
どうしたら「このこと」を伝えられるだろうか。
早く伝えなければ、手遅れになってしまう。
「いつき、そとでてる」
「え……」
母が家の中を見渡しても、弟の姿はない。
あるのは、まだ赤ん坊の妹の姿だけだ。
「樹はどこ?」
言葉に従い窓の外を指差す。
庭ではない。
道路に行ってしまった。
「おかあさん、はやく」
急いで、早く行って、そこに弟がいる。
「そう……わかるのね、泉は……」
母は疑うことなく、弟を探しに外に出て行く。
一緒に行きたいと思ったが、母の後を追うのはやめた。
幼い妹が、母を追って泣いたからだ。
「だいしょうぶ」
妹のお気に入りの人形を使い、少女の声色の真似をして宥める。
「ママは、すぐもどるよ」
それは無意識で、確証があったわけではなかった。
扉の開閉の音。走ってくる足音。
「樹、側溝に落ちてたっ! なんであんなところに……!」
グッタリとしている弟を抱えて戻って来た母が、今まで見たこと無いほど慌てている。
「いつき」
蒼白になった弟の顔。
意識を失った樹に触れると、ゴポリと水を吐き出した。
良かった。間に合った。
水が増水していたから、きっとあのままじゃ危なかっただろう。
「けがはない?」
視点が合わさり、その目が僕を捉えて微笑む。
「ああ……樹っ……! よかったっ!」
そういいながら、母が僕を抱きしめる。
「また……また助けてくれたのね……」
僕は僕じゃなくて、樹を抱きしめてあげれば良いのにと思った。
「不思議な子、ありがとう」
それでも、キュッと抱きしめてくれる母の温もりが嬉しかった。
「ありがとう」
泣きながら抱きしめてくれる母。
嬉しくて、なんだか少し歯がゆい。
弟が無事で、本当によかった。
大切な大切な家族だった。
ずっと一緒に居られると思っていた。
窓の外の雨は、また一段と強さを増している。
雨も好きだけど、家族と一緒に家で過ごすのも、また楽しいと思った。
――――――――――
歩けど、歩けど、同じ風景ばかり――――
枯れかけた草。干からびた土地。
真上に輝く燦爛たる太陽。
「暑い……」
まだ湿気のない暑さなのが救いなのかもしれないが、もう暫く行く当てもないまま彷徨い続けている。 (一体ここはどこなんだろう……)
砂漠で遭難した場合、動かずに救助を待つのがいいと言う話を聞いたこともあるが、それでもじっとしていることはできなかった。
本当に、これは夢の続きなのだろうか。
(でも……)
これほどまでに暑さや息苦しさを感じているのだ。 (これ……現実だったらどうしよう……)
歩き続けながらも、そんな不安だけが募っていった。
ただ漠然と歩き続けて、どれだけの時間が経過しただろうか。
真上にあった太陽は少し動いたような気もするするが、未だ陰ることをしない。
けれど同じ風景の中に、ついに薄っすらと、要塞ような影があることに気がついた。
「建物……?」
それは、地平線の如く、あまりにも広範囲に広がっている。
「なんだ……あれ……」
そこに行けば助かるという確証はなかった。
けれど今はそこを目指すしかない。
(遠い……凄く遠い……)
形は見えていても、歩きでそこに着くまでには、かなりの時間と体力を消耗した。
それを発見してから、どれだけの時間、どれだけの距離を進んだのだろう。
脚は既に棒のようになっていた。
太陽は、また少しだけ下がったような気もするが、それでもまだまだ夜になりそうな気配はなかった。
朦朧となりながらも、ようやく目的の場所が近づいてくる。
「建物じゃ……ない……?」
それは、僕の背を遥かに超える石の壁だった。
(もう少し……)
歩みを進める脚に力が入る。
そこに辿り着いて助かる保証がないというのは考えないようにしていた。
取り敢えず、そこに辿り着けば何かあると、そう願って歩いてきたのだ。
その壁には見たことのない文字が記されている。
(読めないや……)
でも文字が書いてあるのならば、人がいたという確たる証拠だろう。
壁が石でできているとはいえ、脚をかけて登ることはできそうにもない。
垂直に聳え立つこの壁では、真後ろにある太陽を遮るような日陰は見込めなかった。
(どこかに出入り口か、登れる所があるかも……)
そう思って、その壁沿いに歩き続けてみるものの、一向に何も見つからない。
(なんだろう……まるで……)
永遠と続くのではと思うほどの不思議な壁。
(まるで、閉じ込められているみたいだ)
汗は流れ続け、喉も渇いていた。
この壁に辿り着くまでに、かなりの体力を消耗していて、これ以上歩くことができなかった。
見渡しても、入り口はないし、人の気配もない。
枯れて荒れた大地と、石の壁がどこまでも続いている。
「どうして……」
夢だとしても一向に覚めず、身体への負担は増さる一方だ。
(もしかすると、本当に夢じゃないのかな……)
気怠かった学校ですら、早く行きたいと思う。
これが夢だとしたら、誰か早くバスで眠る僕を起こしてくれないだろうか。
こんなはずではなかったのだ。
僕は水面を……あの水面の上の世界を、ただ見たいと思っただけだった。
それだけだったのに…………。
「もうやだぁっっ!!! かえりたぁああい!!!!」
耐えきれずに、絶叫する。
声を出したら起きないだろうか。
無理ならせめて、あの水の中に戻りたい。
炎天下、肌を焦がすような太陽の光。
こんな世界を望んだ訳ではなかったのだ。
(どうしよう……)
――――嫌な予感がする。
もう二度と目覚めることはできないかもしれない。 もう、二度と家族に会えないかもしれない。
不安と暑さで、目の前が陽炎のように揺れる。
僕は肌が痛むのも構わず、燦燦とと輝く太陽を見上げた。
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