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006 浮遊
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嘔吐をして汚れた口と手を、赤い男が綺麗に拭き取ってくれた。
最初は強めに擦られ少し肌が痛んだけれど、その後の動作は凄く優しかった。
「あ……ありがとうございます……」
大きな手だった。
ゴツゴツして、僕と比べると大人と子供ほど違うであろうその手が、僕の吐瀉物で汚れるのは酷く申し訳なかった。
僕が落ち着くのを待ってくれているのだろうか。
二人は移動の準備を進めながら、未だ吐き気が収まらず、歩くこともできない僕の様子を伺っている。
初めて見た時から大きいと思っていた二人は、やはり身長も高かった。
青い男の方は、赤い男より若干背が低い。
それでも、僕の頭は青い男の胸にも届かない。
だから腕を掴まれ立たされ、並んだ時は凄く驚いた。
「ひっ……! わぁ!!」
その身長差に圧倒され、唖然と見上げ立ち尽くしていたから、歩けないと思われたのだろうか。
急に青い男に背負われ、まるで何かのアトラクションに乗ったように目線が高くなった。
昔から高い所が大の苦手な僕は、思わず青い男の肩に抱きつき、しがみついてしまう。
「お……下ろしてくださいっ!」
そう懇願しても、言葉が通じない上動きと言葉が連動していないからどうあっても伝わらない。
僕の制止は聞き入れられぬまま、男たちは歩き始めた。
(怖っ……)
足元の砂利はかなり歩きにくいらしく、たまに青い男は足を取られフラつくようだった。
下ろして欲しいけれども、確かに歩幅的にも体力的にも、背負って貰っていたほうが早く進めるのかもしれない。
(我慢しなくちゃ……)
諦めて男の肩に再度しがみつく。
(助けてくれてるんだから……)
彼らはきっと優しいはずだ。
そう思って赤い男に視線を向けるが、相変わらずこちらの男は不機嫌そうで……。
その視線が辛くて、また青い男にしがみついてしまった。
それにしても……これは本当に夢なのだろうか。
身体に感じる不快感や痛み、苦しさや温度も、全部現実のもののような気がする。
いつになったら夢が終わるのか……。
バスは学校の前まで着いたのか……。
友人はどうしたのか……。
いろんな不安が入り乱れるが、それでもこの世界には不思議な魅力がある。
(ここに来て、良いことなんて一度もないのに……)
紫色の空はどんどん色を濃くしていく。
遮る物がなく広がる夜空はまるで、プラネタリウムのような満天の星が輝いている。
足元の砂もその星の光を反射してか、キラキラと輝いていた。
(凄く……凄く綺麗だ……)
今までどんなに幸せでも、常に感じていた虚無感と疎外感。
不思議とこの夢の世界に来てからは、それを一切感じていなかった。
家に帰りたい。家族に会いたい。
その気持ちも確かにある。
それでもこの夢に、僕が探し求めていた居場所があるような……そんな気がしてならなかった。
暫く背負われ歩いていると、徐々に地面の様子が変わってくる。
先程までの砂利の砂漠が、ゴツゴツした岩場になってきたのだ。
すると遠くに、二匹の大きな生き物が見えてきた。
「凄い……」
その生き物も、赤と青だ。
それは、見たことのない生き物だった。
先程の首を切られた動物とも違う。
(う……血の味……あんまり思い出さないようにしなくちゃ……)
その二匹は、まるで西洋の竜のようだった。
爬虫類のような皮膚をして、ダチョウのように首は細く、長い。
本当に、幻想的なそんな生物――――しなやかなのに、ひとつひとつの動作が力強い。
(凄い……かっこいい……)
近づけば近づくほど、その大きさに驚く。
少し怖いような気もするが、男たちは全く怯むことなく近づいていく。
赤い方が、赤い男に頭を擦り寄せる。
嬉しそうに目を細め、「クォオオオオ!!!」と鳴く。
(意外に可愛い……)
仏頂面の赤い男も嬉しそうにその子を撫でる。
その様子を見守っていた青い男が屈み、僕を背から降ろしてくれた。
「この子たちに乗るの?」
そう聞いてみても、相変わらず返事はこない。
僕が背から降りると、もう一匹の青い方が、青い男に戯れつく。
この二人は、それぞれこの子たちの飼い主なのだろう。
巨大な二匹はその見た目とは裏腹に、二人に良く懐いているようだった。
その光景をじっと見つめていると、赤い男にヒョイっと身体を持ち上げられた。
多分、小さい子を扱うような感じと一緒なのだろう。
「わっ!」
恐怖を訴える前に、軽々と赤い生き物の背に乗せられる。
(この人と一緒なのか……)
一瞬不安が頭を掠めたが、すぐにそれどころではなくなった。
この生き物も……そう、とんでもなく大きいのだ。
(た……高い!!)
背負われた時など比ではない。
乗ってみるとより一層高く感じる。
慌てて捕まるところを探しても、丁度いい部分がない。
首もラクダのように曲がってから上に伸びてるため、僕の手の長さでは掴めないのだ。
(手綱みたいな物もないし……)
思ったよりザラザラした皮膚だからいいものの、この生き物の身体の上では上手くバランスが取れない。
(こっ……こわぁ……)
フラフラと腰の位置が安定しないまま座っていると、後ろに赤い男が乗ってきた。
青い男も、もう一匹の青い生き物の背に座っている。
(二人とも凄い……)
軽やかに乗る二人を見れば、その原因は一目瞭然だろう。
足の長さが違うのだ。
それよりも、そもそもの原因は身長が違いすぎることだろう。
跨って乗ると、脚が開きすぎてしまう。
これだと力が入らない。
どうしていいかわからず慌てていると、赤い男にグッと身体を引き寄せられた。
僕の背に男の身体が触れ、腕……というより、お腹にスッポリと収まる。
「あ……ありがとうございます」
得れた安心感に、男を見上げ礼をいうが、スッと目を外される。
目は外されたものの、先程まで男が発していた苛立ちは、何故か感じなくなっていた。
見慣れない生き物は、バランスが非常に悪かった。
歩くたびに身体が斜めになる感覚がする。
落ちたりでもしたらどうなるのか……この高さを考えてゾッと鳥肌が立った。
助けを求める視線を彼らに向けるが、二人は何やら真剣に話をしていて気づいてもらえない。
気づいてもらったところで、男たちの話す言語は全く理解できないので「怖い」とどう訴えていいかもわからなかった。
(本当に、どこの国の言葉なんだろう……)
そんな疑問を感じながら、男に背を預けた――その時、突如訪れたフワッという浮遊感。
「え……?」
咄嗟のことに頭が付いていかなかった。
(と……飛んだ……!?)
長身の男に背負われた時も、見たことのないこの生き物に乗せられた時も、できるだけ我慢しようと思った。
止むを得ない状況で、相手の善意も感じ取れた。
「高いところが大の苦手」などと、自分の苦手意識でそこまで迷惑をかけられないと思っていた。
そう思って、頑張っていたのだ。
でも――――
「うわぁああぁあ!!」
羽は大きかったが、どう考えてもこの生き物の大きさを飛ばすのには不充分だ。
どうして空を飛ぶことができるのか。
高さに対する恐怖も限界だった。
身体を反転させ、後ろにいる赤い男にしがみつく。
そのせいでさらに体制を崩しパニックに陥る。
赤い男が腕を回して身体を支えてくれたが、それでも恐怖は弱まらない。
最初こそ悲鳴はあげたが、もう声すら出なかった。
「****? ****!?」
「**、****!」
ガタガタと歯がなる。
(怖い怖い怖い怖い怖い!!)
頭の中でグルグルと恐怖が巡る。
赤い男も、必死にしがみつく僕を抱きしめてくれた。
しかし、慌てて高度を下げられたせいだろう。
内臓が浮くような感覚を受けた瞬間――――僕の意識は、そこで真っ白になった。
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