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011 子供
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水神(リィーリ)の源泉は術を施した高い石の壁で整備されていた。
源泉の中に倒れている子供は、ここから過って落ちてしまったのだろうか。
今は枯れた源泉になど、入る理由はあるはずもない。
倒れている子供に声をかけても、一向に動く気配はない。
「俺が下に降りて担ぐから、引き上げてくれ」
駆けつけたギルトが直ぐに源泉に下り、子供を抱き上げる。
俺は言われるまま、その子を引き上げた。
その子供は、恐ろしいほど軽かった。
暑さのせいか、かなり衰弱しているのだろう……グッタリとした肢体はピクリとも動かない。
よりにもよって、何故熱を吸収する黒い布を身に着けているのだろうか。
「サディ、予備のマント借りるぞ」
源泉から這い上がったギルトは、俺がフランに持たせていた荷物からマントを取り出す。
砂の上に子供を直に寝させる訳にはいかなかった。
「リド、日陰を作ってくれ」
ギルトが妖獣に命じると、少年を跨ぐようにリドが立った。
「おいサディ、しっかりしろ!」
ギルトの怒鳴り声は聞こえてくるが、理解しがたい目の前のこの状況を見て、返事をすることができなかった。
「サディ!!」
もう一度強く響く、ギルトの怒号。
それでようやく、我に帰る。
「わ、悪い……」
脈を測るため、子供の腕をとる。
細い……。そして、あまりにも白い……。
ギルトが意識を確認するために、子供が羽織る黒い布を取りさった。
異様な高揚感、そして期待――――
「ギルト、この子供……」
己の動悸が耳に聞こえるほど、興奮していた。
「髪が黒だ……」
漆黒の布の下から出てきたのは、布よりもさらに黒い美しい髪。
この国に、リースリンドにまず黒髪はいない。
しかも目を瞑っていてもわかる……子供はかなり綺麗な顔立ちをしていた。
(少女……いや……少年かだろう?)
「男……だよな?」
ギルトも同じことを思っていたらしい。
問われた質問に対して、俺も首を傾げることしかできなかった。
身体の大きさから見て年齢は8歳〜10歳ぐらいだろうか。
幼いのに綺麗と言わせるその姿は、あまりにも不可思議であった。
骨格は細いのに、手足は長い。
小さいのに、子供らしいのとは何かが違う。
「ま……まぁ、俺もお前も、何度も水神の偽者には騙されてきただろ。もっと冷静になろうぜ」
そうギルトは言うが……こんな子供が何故、リィーリの原泉にいるのだろうか。
この太陽の国にいて、何故こんなにも透き通るような白い肌でいられるのだろうか。
確かに、今まで多くの水神の候補者を見てきた。
でも明らかに、この子は今までの『偽者の』彼らとは違う。
この異質な存在感を示す子供……。
期待しすぎてはいけないと頭ではわかっていても、思わず胸が高鳴るのは抑えきれなかった。
青白い顔をした子供……その額から汗が流れる。
かなり暑さを食っているようだ。
「このまま移動すると体力が持たないな。夜になるまで待つか?」
ギルトに聞かれ頷くが、実際にうまく判断は付いていない。
正直、俺もこの太陽の光に体力を奪われていた。
「駄目元で朧(おぼろ)でも探すか……。サディ、お前も興奮してぶっ倒れるなよ」
そう言ってギルトは朧を捕らえる準備を始めた。
朧とは、砂香の地に唯一生息する特殊な生き物だ。
気性は穏やかで、こちらから攻撃をしかけない以上襲ってくることはない。
皮膚は固く、熱を内部に通さないため、非常に暑さに強い。
砂香の影響も受にくく体内に妖力を凝縮しているので、その生き血はどんな薬よりも効果があると言われている。
流石水神(リィーリ)の原泉に生息できる唯一の生き物と言うべきか。
問題は、倒すのに皮膚を貫く優秀な剣が必要だということだが、国王付きの騎士であるギルトはその点は問題ないだろう。
ただ、普段は遠目で姿を確認するだけでも稀な朧が、そう簡単に捕まるだろうか……。
(夜を待たず、近くの村へと移動したほうがいいだろうか……)
水不足、流行る疫病。
確かここから一番近い村も、疫病が蔓延していたのではなかったか。
(やはり、王都まで連れて行くしかない……)
せっかく見つけた存在を、突如失ってしまうかもしれないという恐怖が襲う。
この子がもし水神で、万が一のことがあったら、この国は一体どうなってしまうのだろうか。
日が沈むのまであと数刻。
子供の体力がどのくらい持つかもわからない。
妖獣を使えば、夜のうちに王都につくことも充分可能だ。
しかし、日が沈む前に無理に移動すれば、逆に我々の体力が持たないだろう。
「どうしたらいいんだ……」
水神の可能性に翻弄されて思考がついていけない。
それもこの砂香の砂漠が齎す妖力故なのだろうか。
妖獣リドを置いて朧を探しに行ったギルト。
彼もまた普段では考えられない、無謀なことをしている。
恐らく結果は期待できないだろうし、リドとフランも長くは砂香の上に置いておくことはできない。
悪い考えばかりが脳裏を掠める。
それでも、僅かな希望にかけるしかないのだ。
随分と日が落ちてきた頃、想像したよりもずっと早くギルトは戻ってきた。
「捕まえたのか……」
滅多に姿を現さないという朧。
この砂香の砂漠の中で、唯一生存できる妖獣。
「ああ。生け捕りにしてきた……」
「……! そうか……」
本来、そんなことをできる者などいない。
追えば逃げるし、攻撃をしかければ攻撃を返してくる。朧はそういう生き物だった。
それがまるで、自ら命を差し出すように、大人しくギルトの後ろからついてくる。
「これも水神のなせる恩恵なのか……」
思わず口から出た言葉に、「そうかもしれないな」とギルトも笑う。
こんなにも早く、朧が見つかることは、それだけで奇跡といっても過言ではない。
(でもこれで……)
夜も近づき、幾分温度は下がってきている。
ようやくホッとして空を見上げた。
――沈んでいく太陽と逆の方向に、闇が迫って来ていた。
(広い……)
こんな風にゆっくりと空を見上げたのは、一体何年ぶりになるのだろうか。
「今日の夜空は……紫だな」
ギルトも同じように空を見上げて呟く。
紫色の夜空――紫空(しくう)……。
水神に纏わるリースリンドの言い伝えの一つだ。
紫空は水神の力が強まる時だと言われていた。
そして、今日は特に星が綺麗に見えるのだ。
前に紫空になったのは、水神が現れると剪定された時だったろうか。
偶然……にしては出来過ぎだろうか。
……期待だけが異様に高まる。
どんどん日が沈むにつれ、空は更に鮮やかに紫を示してくる。
そして恐らく、今迄に見たことのない、満点の星空になるのだろう。
「明日はまた水神が沢山名乗り出るだろうな」
ギルトの言葉に思わず顔を顰める。
「この紫空じゃ仕方ないか……」
「この子供だって水神ではないかもしれないんだぞ?」
意地悪くニヤリと笑うギルトの表情は、その言葉とは裏腹に、どこか祈るような思いに満ちている気がした。
「まぁ、水神ではなかったとしても、普通の子供ではないだろう……」
ギルトの言葉を聞きながら、子供の顔を覗き込む。
――――どうやら、そろそろ子供は目覚めるようだった。
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