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017 憔悴
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イズミを西宮の牢に連れて行って数刻。
サディと俺は、お互いに顔を見合わせては、苦い視線を酌み交わしていた。
王の許可を得られさえすれば、直ぐにでも西宮の牢獄に駆けつけ、イズミを助け出すつもりだった。
しかし王に拒絶され――逆に偽者の水神を処罰した対応に追われてしまい、思うように動けなくなってしまったのだ。
処罰を受けることになった偽者の多くには、貴族が関わっていた。
悪質な場合、爵位剥奪、お家取り潰しの話にまで進む。
そこに当初から警戒していた他国からの間者や、反王国派の者も加わり、当然のように騎士団長である俺とサディもその対応に駆り出されることになったのだ。
《水神と名乗り出るものは反逆罪。訂正すれば偽証罪と罪は軽減される》
王が決めた法律は横暴……しかし、確実に効果を示し、混乱を防いだのも事実なのだ。
水神を探し求めていた王がこの法令を下したのだから、その心情を考えれば憐れである。
でもこの法令で全てが偽者だどわかり、この国にとって悪質な反逆者たちを炙り出せたのだ。
言葉の通じない水神もまた然り。
無理やり話させるという手荒な手段は、実際非道と思われる行為だったが、今まで大量にいた偽者わも、全てがこの拷問により偽証を認めたということだ。
けれど問題なのは、イズミ自身は自らを水神だと名乗ることができないということだ。
それどころか水神の存在自体を知っているかも定かではない。
偽証罪も何も、まず反逆罪が当てはまらないのだ。
そうなると、余計イズミの身が心配になる。
本当に話せない以上、拷問を受けることは必至。
あの朧の生き血すら飲めず、妖獣に乗って失神するような子供が拷問など受けでもしたら、一体どうなってしまうのだろうか。
何とか王にイズミの存在を知らせ、止めさせなければいけなかった。
しかし、怒りが頂点に達した状態の王と、可決された法を前に、勝手な振る舞いをすることはできなかった。
それに一族をかけて王に忠誠を誓う以上、そう簡単に背くことなどできないのだ。
――――――――――
紅と蒼の両騎士団長が連れ帰った『水神候補者』。
その人物が王の命令により、投獄されたという噂は、瞬く間に城を駆け巡っていた。
「イズミは大丈夫だろうか……」
騎士団長の名前が霞むほど憔悴仕切った表情で、サディが呟く。
「さぁな……朧の血も飲めない状態で、しかもあの牢獄じゃ……」
牢でも多少なりとは食事が出されるはずであった。 何か、あの子が口にできるものはあっただろうか ……。
不安ばかりが募っていく。
このままではイズミに待ち受けているのは拷問なのだ。
「連れて来なければよかった……」
サディの心痛な叫びが静かに響く。
王を責めているわけではない。
只管己を責め、少年の心身を心配しているのだ。
普段は、冷静な騎士団長であるサディの顔色は酷く悪かった。
紅の一族である俺と、蒼の一族であるサディ。
代々王に仕える一族で、そして俺たちは王の良き友人でもあった。
こうやって王に刃向かうのは今迄の常軌を逸していた。
それでも――――
(もう一度、王と話すべきだ……)
決まったばかりの法案を覆すのは難しいかもしれない。
それに王に忠誠を誓っていながら、こんなに易々とそれを覆してしまっても良いのだろうか。
それでも、王を思えばこそ――この国を思えばこそ、彼に背くことも必要なのかもしれない。
(そうだ……そうだよな……)
例えイズミが拷問を受けていても、命がある以上助け出さなければならない。
「陛下、お願いがあります」
俺よりも先にサディが声を上げる。その声には硬い決意が滲んでいた。
「陛下、反逆の罪と仰せなら幾らでも受けます」
俺も重ねて続ける。
例え反逆罪に囚われてもいい。イズミを助けださなければ――――しかし、俺たちの口からその願いが出ることはなかった。
王の側近であり、宰相でもあるジーナが部屋に駆け込んできたのだ。
「国王陛下、西宮の牢から緊急の伝令を承りました」
西宮の牢と聞いて息を飲む。
「続けよ」
表情一つ変えない国王が言う。
嫌な予感がした。こんなに恐ろしいと思うことが、未だ嘗てあっただろうか。
「西宮の牢に、雨が降っております」
頑なに無表情を保っていた賢王の眉がピクリと動いた。
「西宮だけに、雨が降っているのです……」
ジーナが、改めて言い直す。
直接は言わないが、水神の存在が西宮にあるというのが、ジーナの意見なのだろう。
「イズミ!」
真っ青になったサディが、誰よりも早く部屋を飛び出す。
礼儀を重んじる彼が、国王に礼もせずに行くのは異例のことだろう。
「……失礼します」
王がどう動くのか、それはもう王次第だ。
俺も頭を下げ、すぐにサディの後を追う。
二人の騎士団長が去った後、残された国王の瞳に、複雑な色が浮かんでいたことに宰相ジーナだけは気づいていた。
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