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020 水神
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雨が止む。
先程まで真っ黒い曇が、叩きつけるような雨を降らせていたのに。
俺とギルトは雨が弱まると同時に西宮へ駆け込んだ。
かつて罪人同士を戦わせた闘技場は、今は死刑場としての役割を果たしている。
罪人が投獄されているのは地下だ。
その暗く重い殺風景な建物には雨が大量に浸水し、窓のない薄暗い廊下には既に川のように水が流れていた。
「ハリル! イズミ!!」
西宮の入り口では妖獣バルシェットが待機していた。
黄金の妖獣は、微動だにせず地下へ至る階段を見つめている。
階段は上段の淵まで水が来ており、地下牢が完全に水没しているのは明らかだった。
全身の血の気が引いていく。
静まり返った水面。
階下を覗き込むようにしゃがみこみ、その奥へ声をかける。
「イズミ……」
その絶望的な状況に目眩がした。
この中に、王とイズミがいるのだろうか……。
考えたくはないが、最悪の事態が頭をよぎる。
「そんな……」
崩れ落ちそうになる身体をギルトに支えられる。
「大丈夫だ。多分……」
添えられたギルトの手も、小刻みに震えていた。
(そうだ……大丈夫だ……。王なら、きっと……)
その時――――
ゆっくりと水面が揺れる……。
――金色に輝き、盛り上がる水……。
金色の長い髪が、国王であることを示していた。
水没した階段を上がってくる国王の腕には、グッタリとした黒髪の少年が抱かれている。
「イズミ!!!」
「ハリル、イズミは無事か!?」
ハリルの元へ駆け寄り、その少年の顔を覗き込む。
小柄な少年……イズミの全身には、鞭打たれたような傷があった。
酷い拷問を受けたのだろう。手指は潰され、水に流れていた赤い血が、いっきに青白い肌へと広がっていく。
「あぁ……そんな……」
引き裂かれた服や、首や胸にある歯型を見て、陵辱までもされたのではと嫌な予感が頭を過った。
幼く痛々しい姿……それなのに、その姿に儚く妖艶な印象を受けるのは何故だろうか。
「大丈夫だ……息はある……」
ギルトがそう呟いても、それで安心できたわけではない。
「陛下……早くお手当てを……」
祈るような気持ちで、ハリルに請う。
これだけの雨の中を救い出してくれたのだ。
よもやまだ水神ではないと彼が言うことはないだろう。
「可哀想に……」
どうして、何故水神と信じていながら、この子を助けに来なかったのだろうか。
例えどんな理由があったとしても、この子がこんな仕打ちを受けて良いはずがなかった。
「イズミ……」
か弱い呼吸を繰り返す少年の瞼はしっかりと閉じていて、問いかけに応えることはない。
「すまなかった……」
俺とギルトに告げたのか、それとも腕に抱く少年に告げたのか……。
普段決して謝ることがない頑なな王が、苦しげに頭を下げた。
「いえ……」
俺も思わず、国王に頭を下げる。
――己の無力さを嘆く。
こんなことになるなら、無理にでも水神であるということを貫き通せば良かった。
(もっと早く助け出せれば……)
そうすれば、こんな残酷な結果にはならなかったはずなのに……。
「ごめん……イズミ……」
あまりにも痛々しい少年の姿を見て――――深く、深く後悔をした。
――――――――――
ハリルがイズミを抱えたまま、バルシェットに跨る。
ギルトのリド以上の妖獣、この世界の最高級の妖獣といっても過言ではない。
国王にふさわしい、巨大で美しい金色の獣が王宮を目指し、一気に外へ駆け出る。
それと同時に、外からは大きな歓声があがる。
異変に気づき、駆けつけた城の使用人たちだ。
――――太陽の国リースリンド。
常に水に飢えていたこの地に、水神が現れたのだ。
雨すら滅多に降らない土地で、水神の元へと豪雨が降った。
国王が水神を手にすると雨は止みむ。
空には鮮やかな大きな虹が掛かった。
噂は瞬く間に広がる。
誰もがこの国の発展を確信し、祝いの宴をあげた。
――――王に抱かれて眠る少年が、苦痛に歪んだ表情でいるのを知っているのは、ほんの数人しかいなかった。
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