アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
026 噴水
-
『うわぁー! 凄い!』
ここに来て、こんなに水を見たことがあっただろうか。
食事の時ですら水は出なかったのだ。
水分量の多い果物で喉の渇きを潤していたというのに……。
――ふと、牢屋のイメージが浮かぶ。
足元に迫ってくる水。
何かを忘れているような気がする……。
……でも、やはりそれは思い出してはいけないことのような気がした。
彼が僕を降ろす。
裸足の足に触れる土と草の感触が心地よい。
『行っていいの?』
当然男からの答えはないが、わざわさここに連れて来てくれたのだ。
きっと大丈夫だろう。
噴水に駆け寄り、キラキラと揺れる水面を覗き込む。
それは幼い頃から幾度となく、夢で見た水面と同じだった。
夢と違うところは、この水面の中で見上げているのではなく、見下ろしているということだ。
(ここに入れば……戻れるのかな……?)
確信はないがそんな気がした。
(戻れる……)
試しに飛び込んでしまおうか――そう思って水面に手を伸ばそうとした時、いつの間にか男が、すぐ隣に来ていたことに気がついた。
『ぁ……』
まるで悪戯を見つかったような、そんな気まずさで手を引く。
この人はどうも苦手だ。
サディやジーナだって綺麗な顔をしていて、ギルトだって充分かっこいいのに。
どうしてこの男だけこんなに意識してしまうのだろうか。
男はまた微笑むと、身体を捻り水の中にゆっくりと片手を入れていく。
長くて綺麗な指先が水面に触れる。
波紋が広がり、揺れる水面。
男は、片手でその水を掬い、そしてそれを口に含んだ。
(あ……いいなぁ……)
ここに来てから一度も、水を口にしていなかった。
僕も飲もうと、両手を伸ばして水に触れようとした時だった。
『っ!?』
一瞬の間に起きたことで。何が自分の身に降りかかっているのか暫く理解できなかった。
金髪の髪と、褐色の肌が、恐ろしいほど近くに見える。
唇と唇が――重なり合っているのだ。
(キ……キスしてる!!!)
状況が理解できない僕の口の中に、男が含んでいた水が流し込まれる。
本来嫌悪を覚える動作であっても、久しぶりに求めていた水の存在に、吐き出そうと意識する前に勝手に喉が嚥下してしまう。
「っ……?!」
唇が外されても、言葉が出なかった。
金髪の男はまた水を口に含み、口付けてくる。
抵抗しなければと、頭では思っているのに……何故かそれができない。
何度も何度も……その行為は繰り返された。
彼が水を口に含む間、まるで次の口付けを待ち構えるように、その動作を凝視してしまう。
自己嫌悪に陥りながらも、齎される水が欲しくて堪らなかった。
――もう飲めないというほど、口付けで水を飲まされた。
思い返せば瑞々しい果実を大量に食べていたのだ。
お腹は既にタプタプだった。
嫌だと首を振り、痛みも忘れて両手をバタつかせるが……僕の両手は簡単に戒められ、また再び口付けられるのだ。
あまりにも苦しくて、目尻に涙が浮かぶ。
――それでもまだ口付けられる。
僕はもう、限界だった。
水が口の横から漏れるのも構わず、必死に水を押し返す。
すると――ゴクンと、相手の喉が鳴る音が聞こえた。
押し返した水を、飲まれたのだ。
(ぅあぁぁあああ??)
恥ずかしさで、自分の鼓動が凄く近くで聞こえる。
「も……もうやだっ!!」
手を突っ張り、足をばたつかせて拒否を示すと、男は僕を抱き抱えて更に近いところに顔を近づけてきた。
まだ水を含んでいないはずはずなのに、口付けられるのではと錯覚してしまう。
「う……やめ……」
半泣きで訴えた僕に、彼が答えた。
「イヤだったか?」
そう――彼は僕の言葉に、答えたのだ。
(え……!?)
僕は目を見開く。
ゆっくりと、男が僕を下に降ろす。
身長差で遠くなった目線を合わせるように、男が屈んだ。
「私の名はハーバイル、ハリルと呼んでくれ。イズミ」
そう笑らいながら言う男を見上げる。
僕は目を見開いたまま、動けなかった……。
「どうして、言葉……」
何故急にわかるようになったのだろう。
近くで見る男の顔、その濡れた唇……。
思わず唇を抑えて目を反らしてしまった。
(うわぁぁ! 恥ずかしいっ……)
キスで水を飲まされるのが言葉を理解するための行為だったのなら、それは止むを得ない事情なのだ。
(じ……人口呼吸みたいなものだっ……)
真っ赤になって顔を反らすなんて、明らかに意識しましたと言ってるようなものだ。
言葉が通じた喜びよりも、気恥ずかしさが勝ってしまう。
それに、言葉が理解できるようになったとしても、相手がこの男では……この男だからこそ、何を話していいかわからない。
真っ赤になりながらも必死に見上げようと顔を向けた。
その時……水を含んでないのに、また男の唇が合わさってくる。
「!?」
強引に合わされた唇の隙間から、無理矢理舌が入り込んでくる……。
「んぅ!!」
体型同様、大きい舌に口の中を蹂躙される。
顔を背けようとするが、頭を抑えつけられていて逃れることができない。
身長差もあるせいで、僕の足は完全に浮き上がる。
ヤダと意思表示したいのに、引き離そうと手に力を込めても何の効果もない。
キスなんて、したことはなかった。
でも相手が手馴れていることはわかる。
濃厚な接吻。
舌を吸われ、背筋がゾクゾクと戦慄く。
(どうしよう……苦しい……!!)
どのタイミングで息をしていいかもわからない。
脳幹を痺れさせる動作に、意識が朦朧とする。
「んふっ……」
舌を入れられたまま、口腔を嬲られる。
口の横からはダラダラと漏れる唾液。
ピチャ……と鳴る卑猥な音。
今までとは違う、明らかに性的な行為の、その息苦しさと気恥ずかしさに耐えかねて、思わず男の舌に歯を立ててしまった。
「ッ……!!」
口の中に血の味が滲む。
足が地面に着くが、フラリと倒れこむ。
口の中の血の味が、前に飲まされた生き血を連想させ、思わず吐き出した。
「うぇ! ペッッ……!!」
血の味が原因か、それともキスが原因かはわからない。全身に鳥肌がたっていた。
(違う……これは……)
――急に空気が冷たくなったのだ……。
嫌な予感がする。
ゆっくり見上げると、秀麗な男の顔には怒気が孕んでいた。
(うわぁあ……! 怖いっ……! どうしようっ!)
「歯を立てた上吐き出すとは……いい度胸だな……」
倒れこんだ僕を見下ろす男は、まるで獣が餌を嬲るような……そんな目をしていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
27 / 212