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033 書庫
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食事の度に、毎回ハリルの隣に座らされるのは嫌だった。
ハリルに、結婚の話をされたらどうしようかとずっとドキドキしてしまうのだ。
それでも、サディとギルトもいるから食卓はいつも賑やかで、気まずい空気にはならなかった。
それに、僕が心配していたような話には一切ならなくて――――ハリルに聞かれたことは唯一、「城には慣れたか」ということだけだった。
そして早々に食事を切り上げた僕たちは今、東塔の書庫の前にいる。
「そんなに広くないから、あまり期待しない方がいい」とサディは言ったけれど、書庫は想像していたよりもずっと広かった。
「凄い……」
古い本の匂いがするその部屋は、少なくとも僕の通っていた学校の図書室とは比べ物にならない広さと、本の量だった。
「これで、広くないの?」
「ああ。本館の書庫とは比べ物にならないよ。本館は書物の一部を国民にも貸し出ししてるしね」
「凄いね! 行ってみたいなぁ……」
城の中に大きな図書館があるということだろうか。
ここでこれだけ大きいのだ。本館は一体どれだけの大きさになるのだろうか。
「因みに西塔は使用人用だから書庫はもっと小さい。東塔(ここ)は来客用って感じだな」
(西塔が使用人用で、東塔が来客用……)
「あとは、王室のある南塔かな? あそこの書庫は古書ばかりだけど」
(南が王室っと…)
頭の中で地図を描く。
「北の塔はあるの?」
「北塔は王城の正門だ」
(なにそれカッコイイ……)
ずっと東塔に篭っているとわからないことばかりだ。 「もっとお城の中見てみたいな」
チラッとサディを見上げると、彼は凄く困った顔をしてから首をすくめる。
(そっか。あんまりウロウロしちゃいけないのか……)
「じゃぁ、お城の地図とかないの?」
東側の建物……東塔だけでも迷子になりそうなくらい広いのだ。
城自体の大きさがどのくらいなのかが気になった。
「地図か……ここにあるかな? でも、細かくは載ってないよ。防衛上の問題もあるからね」
そう言ってサディは本を探すために書庫の奥へと向かう。ギルトは本当に興味がないようで、僕の傍で退屈そうにしていた。
綺麗に整理された本棚の辺りを見渡す。
この膨大な本の中から、目当ての本を選び出さなければならない。
(気が遠くなりそう……)
異国の言葉で書かれたラベルの文字を見て、溜息が出る。
それどころか、本棚も当然この国の人仕様になってるから、ハシゴや踏み台を使っても上の方の本には手が届きそうにもない。
(やっぱりちょっと無謀かな……)
サディが本の中から一冊を選んで戻ってくる。
「この本になら城のことも少し載っているよ」
渡された本は僕が手にする前に、ギルトが受け取った。
「どれ? 『せかいのたてもの』か! イズミ! 絵ばっかだぞこれ」
ギルトは楽しそうに笑ってペラペラとページを捲り出した。
(まぁ、10歳ってことにしてあるもんな……)
来客用とのこともあって、ここには子供向けの本も多くあるらしい。
薄さといい文字の少なさといい、恐らくは絵本のようなものだろう。
むしろ絵本のほうが、僕の探しているものを見つけやすいのかもしれない。
「じゃ、二人ともありがとう。あとは僕一人で大丈夫だから行っていいよ」
ギルトから本を受け取って言うと、二人は驚いたような顔をする。
貴賓室以外で二人と離れるのは、ハリルに連れられた噴水の部屋以来だった。
「ハリルに、呼ばれてるでしょ?」
朝食の後、ハリルがそんなことを言っていたのを思い出す。これは適当にあしらうつもりで言ったのだが、思いの外効果はあったようだ。
それでもサディは僕を一人にするのは不安らしく「交換で行こう」と提案する。
彼は優しいけれど、少し過保護なのだ。
「大丈夫。大丈夫だから、ね?」
こんなにベッタリされたら、僕の調べ物は一向に進まない。
「でもイズミ……」
「だーいーじょーぶっ!」
なかなか引き下がらないサディ。
どうやら一人になること自体が無理なようだ……。
諦めるしかないのかと思ったその時、思いもよらない助け舟が入った。
「では、私が一緒におりましょうか?」
誰もいないと思っていたのに、急に声がしたのだ。
サディやギルトも気がつかなかったのだろう。
咄嗟にに振り返りながらも、僕を庇うように二人は構える。
声のした方を見ると、山積みになった本の中に一人の老婆がいた。
「なんだ! ドド婆さんか!」
ギルトが声を上げる。
「ドド様……! お久しぶりです。騒がしくしてすみません」
そう一礼するサディ。
この城には、あまり人がいないのだと思っていた。
僕の周りにいるのは限られた人物ばかりで、ましてや老婆を見るのはこれが初めてだった。
二人の話曰く、この人は元女官長とのことだった。
今では書庫を管理してるらしい。
「今日は本館ではないんですね」
サディが和かに話していると、ギルトがコッソリ耳打ちをしてくる。
「俺はドド婆苦手なんだよ。昔厨房の盗み食いがバレてえらい目にあったことがあるんだ……」
(それってギルトが悪いんじゃん……)
腰も曲がり、お顔は梅干しみたいにクシャっとなっている老婆は凄く優しそうで、僕が言うのもなんだけど、とても小さく見えた。
「私がご一緒しております。……水神様も、ご自分で調べたいことがおありなのでしょう……」
そう言う老婆が、まるで天の助けのようだった。
(まぁ、水神様って呼ばれるのはやめて欲しいけど) 「大丈夫。二人が戻ってくるまで、僕ちゃんとここにいるから」
「ドド様が見てくださるのなら安心でしょうけど……」
僕はウンウンと頷く。
そしてようやく、二人は納得してくれたようだった。
「じゃぁイズミ……俺たちが戻ってくるまで、ちゃんとここにいるんだよ?」
「何かあったらドド婆に言うんだぞ? あと高い所の本を無理して取ろうとするなよ! チビなんだから!」
「チビは余計だよ! もうっ!」
いつまで経っても行きそうにない二人を、無理やり扉の外へ追いやる。
「じゃあ、行ってくるね……」
何度も心配そうに振り向くサディを、ギルトが促しながら歩いていく。
探し物を、今日だけで見つけるのは難しいだろう。
でもこんなチャンスは滅多にないかもしれない。
(ごめんね……サディ、ギルト……)
二人の姿が見えなくなったことを確認して、僕は急いて書庫へと戻った。
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