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042 同席
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いつも食事を取る応接間――気まずくてリディの影に隠れて部屋に入った。
こっそり覗くと、明らかに不機嫌そうなハリルが待っていた。
(あー……やだなぁ……)
いつもより随分遅い朝食になってしまった。
ハリルは待たされて相当不機嫌なのだろう。
怖い顔をしているのを見て、朝食なんて食べずに逃げ出したい衝動に駆られた。
「おはよ……ハリル……」
本当は口も聞きたくなかったが、一応挨拶をする。
無言のままの気まずい空気も嫌だし……何よりリディの同席をお願いしなければならないのだ。
僕の姿を見て、ハリルが目を細める。
その動作に、昨夜のことがまた思い出された。
ハリルは行為の中で、何度かこういう目で僕を見ていたのだ。
「……遅かったな」
ハリルが低い声で言う。
「ごめん……起きられなかったんだ……」
僕はハリルの隣の椅子を引きながら答えると、すぐに僕専用のお子様椅子が運ばれてきた。
ハリルの隣は近くて嫌だけれど、昨日のように向かい側に座って顔を見合わせながら食事をするほうが、ずっとずっと気まずかった。
ハリルは僕に手を添え、昨日と同じように椅子に座る手伝いをしてくれた。
――ハリルの手が触れた瞬間、思わず身体が強張る。
動揺が隠せなくて、顔が熱くなったような気がした。
「……りがと」
恐る恐るハリルを横目でみると先程の不機嫌さは消えていた。
(あれ……? なんでだろ……?)
理由はなんであれ、機嫌が悪くないのなら頼み事をするにはうってつけだろう。
「ぁ……ね、ハリル、リディも一緒にいいかな?」
聞くとハリルは眉を寄せる。
「……構わん」
それでも了解を得られたことが嬉しかった。
「ありがとうございます。陛下、イズミ様」
リディはそう言って、僕たちの向かいの席に座った。
リディも一緒に食事をとることになったお陰で、憂鬱だった朝食も暗い雰囲気になることはなかった。
同席してくれた彼女が、気を使ってずっと喋り続けていてくれたからである。
その内容というのは、貴族のゴシップや流行のファッション――演劇や音楽などと多様だったが……女性というのはどの国でも同じなのだとしみじみ感じた。
「もういいのか?」
ハリルがリディの話の間に言葉を挟んでくる。
僕はとっくに食べるのを止め、リディの話に相槌を打って聞き入っていた。
僕に用意された食事を、今日は殆ど手をつけず残してしまっていた。
昨夜のことで寝不足なのもあるし、色々考えすぎたせいでいつにも増して食欲がなかった。
それにこの国の主食となる米のようなものは、あまり僕の口には合わなかった。
口当たりの良い果物が食べられれば、僕の食事は充分だった。
「もういらない」
だからそう簡単に答えて、僕は向きなおる。
そういえば、昨日の夕食も殆ど果物だけで食事を終わらせてしまっていた。
(もしかして……心配してくれたのかな……?)
あのハリルに限って、僕のことを心配なんてしないと思うけれど……でももしそうだとしたら、少し素っ気ない態度を取ってしまったかもしれない。
謝ろう――にもタイミングを逃してしまったような気がする。
話の腰を折られてしまったリディは話すのを止めてしまって、結局この広い空間には無言の時間が訪れてしまった。
(もう……気まずくなっちゃったじゃん)
「リディ、少し外に行きたいんだけど、出てもいいかな?」
何とか場の雰囲気を変えたくて、リディに話しかける。
聞いた途端、彼女はこちらがビックリするほど驚いた顔をした。
「あらイズミ様、それは陛下に許可を頂かないと……」
「ぅ……」
そう言われるが、やっぱりハリルに話すのは気が引けてしまう。
「……外とは、城外か?」
少し、ピリリとした感じでハリルが口を挟む。
リディの話しには一切相槌も打たなかったから、てっきり何にも聞いてないのかと思ったのに……。
「別に、外ならどこでもいい。バルコニーとか、屋上とかでも」
できるだけ平常を装う。
昨夜のことは思い出さないようにと自分に言い聞かせる。
「雨の中を歩きたいだけだから」
そういうとハリルは「そうか」と、ひと言呟いた。
ハリルの食事は朝から重そうなものばかりだった。 勿論リディも似たようなモノを食べてはいるけれど……。贅沢に皿に盛られた肉が一体何の肉か、それは聞いてもわからないだろう。
でも流石に朝はお酒は飲んでいない。
ハリルが傾けるグラスは、ドロッとした赤――見るだけでも嫌になるほどの、真っ赤な血だ。
それをハリルの喉が嚥下する。
見たくないのに、一度見たら目が離せなくなってしまう。
褐色の肌、金髪の髪、その髪と同じ色をした目――――明るい光の中見る彼は、昨夜とは全然違う雰囲気で……まるで太陽そのもののように思えた。
「では、食事が終わったら行こう」
迂闊にもハリルに見惚れてしまって、言葉を理解するのが遅れてしまった。
(え……ハリルも来るの?)
「一人で行きたい」と訴える暇もなく、リディが続ける。
「でしたら、西塔の中庭がいいのではありませんこと? あそこは使用人の方々が果物の栽培もしてますのよ?」
東塔から出れることなど、滅多にないし、果物の栽培も気になる。
一人になれないのは残念だが、外へ出る許可を貰えるだけでも喜ばしいことだ。
……何より、久々に雨の下を歩けるのが嬉しかった。
しかし、直前になって、彼女の言葉に絶望的になる。
「え……リディは来ないの!?」
「んもうっイズミ様ったら! わたくしだって、これでも仕事があるんですのよ!」
そう笑う彼女に、目の前が真っ暗になる。
(じゃあ、西塔に連れて行ってくれるのは……もしかしなくてもハリルなの?)
僕の表情が歪んだのを察したのか、彼女も困った顔になる。
「まぁ! そんな顔されたら、わたくし要らぬ不興を買ってしまいますわ!」
大袈裟に身を捩るリディだが、多分僕の方が百倍ぐらい困ってるはずだ。
「ほら、陛下がお待ちですわ! お急ぎになって!」
そう言って促されるが、僕もただでは引けない。
せめて、という思いでリディの上着の裾を引っ張る。
「お昼も……また一緒に食べてくれる……?」
リディはまた困ったように笑う。
「それもわたくしではなく、陛下にお伺いするべきですわ。イズミ様」
ニッコリと微笑み、彼女は優しく僕の手を離させる。 「行ってらっしゃいませ」
そしてリディは、深くお辞儀をした。
「ここで終わり」と言われるような仕草をされてしまったら、もう抗いようがない。
僕は泣きそうになりながら、ハリルの後をついて行く。
応接室を出る瞬間、扉の隙間から見えた彼女の表情は、先程までとは違う……少し沈んだ表情だった。
――――――――――
国王と少年が立ち去った応接室の中で、一人安堵の溜息をついた。
止むを得ない事情で顔を合わせるのが遅くなってしまった、水神とされる少年……。
噂だけでは聞いていたけれど、恐ろしく綺麗な子供だった。
黒い漆黒の髪に、同じ色をした瞳。
あの肌の白さや、掴んだ手指の細さ……。
そんな水神と言われる奇異な存在とどう接していいかわからなかったけれど、少年を助けだし、世話をしていた兄の影響か……最初から少年は、私に好意的に接してくれていた。
否、むしろ好意的に過ぎるほどに……。
私が不在の間、代わりを務めていた副女官ミーアが、「お疲れ様でした」と声をかけてくる。
その表情を見て、彼女は私の苦労を察していてくれてるのだと知り、幾分か肩の力が抜けた。
「全く、わたくしなんかを陛下との会食に誘うのですもの……! 生きた心地がしませんでしたわ……!」 ミーアもそれを聞き、苦笑いをする。
「お食事に続いて、お散歩までお邪魔できませんことよ? 兄妹揃って図々しい!」
少年は人形のように作り物めいて美しいのに、口を開けば周りを翻弄してばかり……。
何度肝が冷えたことか。
(陛下も、あれではご苦労されますわね……)
「あまり出しゃばると蒼の一族根絶やしにされちゃいますわ……」
最後の最後に、少年がとったあの態度で、王の機嫌がまた損なわれたことに、あの無垢な子供は気づいているのだろうか。
せっかく、自らの意思で王の隣に座ったことで、王の機嫌が良くなったというのに……。
「無意識、なんですのよね。きっと……」
あの愛らしい少年の容姿を思い浮かべる。
「御武運を、イズミ様……」
大きな溜息をついて、少年たちが去った後の扉を祈るように見つめた。
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