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049 失踪
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「水神様が、いない……?」
唐突に告げられた言葉に驚愕した。
先程、国王と水神様がバルシェットで飛翔し、国に雨の恩恵を与えたと国民が大騒ぎしていたばかりなのに……。
「陛下は南塔にいらっしゃいます。ジーナ様も一度陛下の元へ……」
少年の失踪を告げてきたのは、蒼騎士サディの妹、女官長リディだった。
元は騎士団に入隊しようとしていたが、水神降臨の剪定を受けて、急遽女官として仕える道を選んだのだ。
兄譲りの真面目さと、蒼族直系の血筋も相まって、あっという間に女官長の座にまで上り詰めた人物だ。
確か本日から正式に水神の世話係として任命されたばかりだというのに……。
顔を蒼白にしつつも、丁寧な口調で彼女は続けた。
「応接室や書庫、イズミ様が足を運ばれそうな各部屋に女官を配置しましたわ。念のために西塔の中庭にも……。あまり大事にしないため、わたくしの私用ということにしてあります」
万が一誘拐でもされていたら……それは取り返しのつかない最悪なことだ。
勿論、事故や本人の意思の場合もある。
状況がわからない以上、事を荒立てることはできなかった。
「陛下、ジーナです」
「ハリル陛下、女官長リディでございます」
一礼をし、少年がいなくなったとされる部屋に入る。
ここは、国王が水神のために用意させた部屋だった。
水神降臨の剪定が出て直ぐ建設され、少年を保護してすぐに、国王自らが選んだ最高級の品々の家具を運び込んだ。
内装や発注の関係で部屋の用意が滞ったため、今まで少年は幽閉室を利用していたのだ。
そしてようやく今日から、ここが正式に少年の部屋となる予定だった。
「陛下、水神様はどのような状況でいなくなられましたか?」
ゆっくりと振り向いた王の金色の目が、深く淀んでいるように見える。
――――不安、疑問、焦燥、憤り……様々な感情が渦巻いているのだろう。
「ここに寝かせていた」
王は傍らのベッドを見て言う。
少年のために誂えた白の寝具に、確かにその少年が眠っていた痕跡が残っていた。
「部屋には鍵が」
言葉には、確かな苛立ちを感じる。
「中からは開かない。妖術で鍵をかけたのだ」
幽閉室同様、あの少年はこの部屋から自らの意識で出ることなどできないということだ。
王は私の横を通り、リディの前に立つ。
リディの肩がが強張るのがわかった。
「貴様……イズミを拐かしたりしていないだろうな?」
「ひっ……! わ、たくし……は、そのようなことは、決して……」
国王の表情はこちらからは見えない。
感情を明からさまに表に出すことのない王の怒り……それを正面から浴びれば、相当な恐怖だろう。
「……わたくしは、蒼の一族ですわ……! 水神様を、陛下から奪う事など! 命をかけても致しませんわ!!」
そう彼女は強く言い切る。
「わたくしの心当たりの場所には、わたくしが動かし得る全ての女官を配置しました。ご命令を聞く前でしたが、兵士を使って探すよりは良いかと思いました」
きっちりと言い終え、凛とした態度に戻る。
それでも、小刻みに肩が震えてしまっているのは、致し方ないことだろう。
「そうか……」
その声は失望の声に変わる。
少年がこの部屋に移ったことを知っている人間などほんの僅かしかいない。
窓の位置も高く、あの小柄な少年には届かない。
その窓も当然開いた様子はなく、もし開いたとしてもこの塔の上だ。
空でも飛べない限り、外に出ることなどできない。
そしてこの部屋には、今入ってきたこの扉しか、出入り口はないのだ。
(一体どこから……イズミ様は外に出たのだ……?)
騎士団長二人が不在とはいえ、本当に少年が失踪したのであれば、すぐにでも捜索に出なければいけないだろう。
国王の焦燥の色が一層濃くなる。
一刻でも早く決断をしなければならないだろう……。
――――ずっと「感情を見せない王」だった。
あの少年が来て以来、国王の表情は豊かになった。
良い意味でも……悪い意味でもだ。
長年仕えていて、初めて感じる王の感情の起伏の激しさ。
普段からそうだったのか、それともあの少年が関わったからなのか……。
ようやく主を得られた水神の部屋は、僅か数刻でまた主を失ってしまったのだ。
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