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055 帰還
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朝日が昇り始め、明らみ始めた空には太陽が見えない。静かに降る雨の中を進み、ようやく一晩かけて王都へとたどり着いた。
城に近づくにつれて多くなる人々が、妖獣に乗って移動する俺たちを見て歓声の声を上げる。
「城の前に一度東宮に寄るか?」
城の正門をくぐったところで、ギルトが妖獣の脚を止めた。
夜も降り続いた雨は星を隠し、暗闇での移動は全て妖獣の感覚だけを頼りにしていた。
「リド、お前も疲れたよな」
ギルトがリドの背を撫でる。体力のあるリドでも暗闇の中、夜通し走り続けるのは大変だったのだろう。
「おいサディ、どうする? 兵舎寄ってくか?」
返事をしない俺にギルトが再度問うてくる。
「ったく、イズミは平気だって! ちゃんと見つかったって連絡も来ただろ?」
「……ああ、そうだな……」
リドの速度に合わせて戻ってきたフランの体調はあまり芳しくない。
それはわかっていても、それ以上に一刻も早くイズミの元へ行きたかった。
イズミの行方がわからなくなったと伝令を受けた時、ハリルの命令に従いイズミの元を離れたことを後悔した。
「最近、ハリルの命令を聞くとろくなことないよな」と、その時ギルトは呟いていた。
言葉で制しても、正直なところ俺も同じ気持ちだった。
その次の伝令では、イズミは無事見つかったとあったが、それでも嫌な予感がして仕方がなかった。
リドとフランを宿舎に預けてから城に戻る。
到着したと同時に王の部屋へ呼び出しを受けた。
ギルトと顔を見合わせ、溜息をつく。
イズミがいなくなったという情報を受けてすぐに帰城の途に着いた。
その後に届いた、「城に戻らず任務遂行しろ」という命令を完全に無視して……。
――――いくら王の友人といえど、任務をすっぽかして帰ってきたのだ。
処罰……伯夷取消ぐらいは覚悟しなければならないだろう。
一族にも迷惑をかけてしまうとは思ったが、しかしそれでもイズミのことが心配だったのだ。
「腹くくるか……」
「すまないギルト」
無理を言って戻ってきたのは俺の意思だった。
ギルトまで巻き込んでしまったと頭を下げる。
「気にするな。イズミが無事なら、それだけでよかったじゃないか」
言われても、ギルトに対する申し訳なさは拭えなかった。
(まだ雨が降っている……)
ふと見上げた空。その疑問が頭をよぎる。
この国を出た日は、雨など降っていなかった。
俺たちが経った後に、この雨は降り出したのだ。
(何故雨が……)
それは、西宮での豪雨以降、初めての雨だった。
その原因は勿論、イズミなのだと――――イズミでなければならないのだと、そう思った。
「お兄様……ギルト様……」
王の部屋に向かう途中、階段から降りてきたリディとすれ違う。
その表情から、妹の異変にすぐ気がついた。
いつも彼女の顔に張り付いている笑顔がないのだ。
どんな辛い状況でも、笑顔を絶やさない妹。
それが彼女が僅か数年で、女官長の座を射止めた最大の武器の一つではないか。
「……あまり良くない状況ですわ」
もしや、本当にお家取り壊しにでもなるのだろうか…。思わず妹の言葉に顔を顰める。
「家のことではございませんことよ。お兄様」
敏い妹はすぐに考えを読み否定した。
「実は……」
妹に目を見つめられ、先程とは違う嫌な予感が奔る。
「イズミ様、気が触れてしまいましたの……」
その言葉に、目の前が真っ暗になった。
失踪中にイズミに何があったのか――――全身の血が引く思いがした。
「でも、お兄様とギルト様がいれば違うかも……早く行って差し上げて」
「……!!」
リディが言い終わる前に駆け出していたのはギルトだった。
「ギル……!」
すぐにギルトの後を追う。
長旅の疲れなど、いっきに吹き飛んでしまった。
不安が渦巻く。
頭が真っ白になった
――――――――――
「言えませんわ……。原因が陛下かもしれないなどと……」
兄の背中を見送りながら、そう呟く。
――――あの時のイズミの悲鳴を思い出す。
「わたくしの口からは、とても……」
少なくとも、イズミが無事部屋に戻ったあの時までは、気が触れてなどいなかったのだ。
あの部屋で、ハリルが施した行為が原因で、イズミはおかしくなったのだ。
「御武運を。お兄様、ギルト様」
見上げる塔の階段。
階段を駆け上がっていた二人は、もうあの部屋に着いたのだろうか。
急に訪れた静寂。
――――星のない真っ暗な夜の闇が、酷く恐ろしく思えた。
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