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056 豹変
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「陛下! 命令に反して申し訳ございません! それでイズミは!? イズミは無事なのか!?」
俺より先に部屋に入ったギルトが叫ぶ。
命に反したことに対しての謝罪も入ってはいるが、その口調は完全にイズミのことしか考えていないようであった。
「イズミ!」
ハリルの返事を待たずに、ギルトは中へ走って行く。
――――初めて入る、王の部屋。
王の色である金を主観にした部屋は、派手すぎない簡素な作りであった。
それでも、高級で品のある調度品が並ぶその部屋は、一国の国王の部屋に相応しい煌びやかな部屋であった。
本来ならばこの部屋には、決して足を踏み入れることはできないだろう。
「陛下、申し訳ございません。いかなる罰でも受ける所存です」
奥に佇む王に頭を下げ、深々と謝罪の言葉を並べる。
しかし彼の視線はこちらには向かない。
――――恐らくその先には……。
ギルトの後に習い、王の寝具へと近づく。
広い部屋――――飛びかかる勢いで駆けて行ったギルトが、その寝具の前で固まっていた。
「イズミ……?」
返事がないから、眠っているのかと思った。
寝具の上……背凭れに寄り掛かり、膝を抱えて座り込んだ小さい身体。
虚ろに開いた目は、ただ一点を凝視し微動打にしない。
そんなイズミの状態を見て、愕然とする。
イズミは新調されたばかりであろう、水神用の衣装を着ていた。
僅かに光沢のある絹の生地は、見ただけで高級なものだとわかる。
その衣装から伸びる、細い腕。透き通るような白い肌。
そして手首には、まるで縛られたような痕があった。
「……っ!」
痛々しさで言葉も出なかった。よく見れば、首や脚にも見える場所だけでも相当な数の鬱血の痕が残っている。
それは明らかな情事を物語っているのだ。
虚ろに開かれたイズミの目には、何も写っていない。
「イズミ……?」
震える声を押し殺して再度名を呼ぶが、それでも反応がない。
丸まるように膝を抱えた姿は普段よりも小さく……そしてより幼く見えた。
「イズミ……ただいま……」
身体を屈め、その顔を覗き込んだ瞬間、イズミの悲鳴が上がる。
「やぁぁぁああああ!!」
「!!」
イズミが目を見開きガタガタと震え出す。
「イズミ……!」
(何を……何をどうしたらここまで酷い状況にできるんだ?)
暴れ出したイズミの両腕を思わず掴む。
「ひぃっ……!!」
空気を裂くような悲鳴が、再びイズミの喉から漏れた。
(失踪中に、何かあったのか……それとも……?)
「まさか、手ぇ……出したのか……? こんな、子供に……?」
ハリルを問い詰めるギルトの声……。
その声が怒りで震えていた。
「最後までは、していない」
そう言ったハリルにギルトが息を飲む。
(ヤバい……)
「ギル!! ダメだ!!!」
ギルトは腰の剣を半分ほど抜いていた。
怒りに身を任せて、王に剣など向けたら……いくら旧友といえど死罪は免れない。
「落ち着け!! ギル!!!」
それは紅騎士の名にふさわしい、見事な殺気だった。
だか、王には……ハリルには敵わない。
身分も、力も、全てにおいて敵わないのだ。
「落ち着くんだ、ギルト……」
ギルトが、ゆっくり剣を戻す。
怒りが、だんだんと悲しみに変わってきてるのだろう。
直ぐに彼はイズミへと向き直る。
燃えるような殺気は、もう微塵も感じなかった。
「イズミ……大丈夫か?」
イズミは寝具の上で縮こまり、震えていた。
自らを抱きしめるように小さくなった少年に、ギルトは少し離れた所から声をかける。
「大丈夫だからな……?」
声をかけながら徐々に近づき、そしてギルトは再び固まる。
「――――噛んだ……のか……?」
耳を疑うその言葉。
「イズミの首に、痕が……」
「なっ……」
言われた通り、その細い首筋には薄っすらと、鬱血に紛れて歯の痕がついていた。
(まさか……)
「ハリル!!」
責めるような目で王を見ると、彼は小さく頷いた。
「イズミはあの時の――西宮の牢獄での記憶を取り戻したようだ」
――――――――――
「水神の部屋で、失踪ですか……」
小声で話すその声は、 きっとイズミには届いていない。
イズミは今、ようやく震えが収まり眠るように目を瞑っている。
「食事を……」
一緒にイズミを見守っていた王が口を開く。
「イズミに食事を。昨日の朝軽く食べたきり、何も口にしていない」
そう言うと卓上を視線だけで示す。
そこには、イズミのために用意されたと思われる食事が並んでいた。
僅かに口にした形跡はあるが、それは殆ど手がつけられていなかった。
良く見るとイズミの周りには食材が飛び散った後が多々あり、イズミの白い服にも染みがついている。
「私が与えても、口にしない」
相当な応酬があったのだろう。端的な言葉なのに、その声色には悲痛さが滲み出ていた。
「拒否の意思が強くて妖術も効かない。傷の手当もしてやってくれ」
「…………はい」
王が自ら与えた傷……治せるなずのその力が、意味をなさない。
治す力を持っているのに、それすらも拒否されてしまっているのは辛いことだろう。
されど王の心境を案ずるよりも、今はイズミのほうが重大だった。
「イズミ……」
(また叫ばれてしまうだろうか……)
警戒しながらも、そっと近寄る。
イズミは元々食が細い。
水神故か凄い偏食でもあり、血肉を一切口にできない。
ただでさえ華奢な身体は、萎縮しているせいか更に小さく見えた。
この状態で、まともに食べてくれるか疑問だった。
(もしかしたら……水なら飲むかもしれない……)
始めて会った時、散々喉の渇きを訴えられていた。
卓上に置かれたグラスを持ち、ゆっくりとイズミに近づく。
薄っすらと瞼を開けたイズミの視線は、直ぐにグラスに注がれた。
(やはり、水を求めている……)
その水を口元に運ぶと、イズミはそれを嚥下する。
ゴクリと、鬱血した痕のある喉元が動く。
「大丈夫か?」
イズミの目が、俺に合わさる。
それは虚ろではなく、先程よりもずっと光が戻ってきていた。
「イズミ!」
ギルトも俺の横に座り、イズミに視線を合わせる。
イズミの目も、ギルトを捕らえたのだろう。
(よかった……これで……)
我にかえれば、以前のように微笑みかけてくれるだろう。そう思い安堵したのも束の間――――その視線は直ぐに外された。
「サディ……ギルト……」
消え入りそうな声でイズミが呟く。
「どうして、あの牢に……僕を連れて行ったの……?」
悲痛に歪んだイズミの表情――――まるで絶望したようなその言葉が、重く胸に突き刺ささるようだった。
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