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057 義務
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それはあの日、水神(リィーリ)の源泉に倒れていたイズミを、この城に連れて帰ってきた時のことだった。
ようやく王都にたどり着いた時、暑さに魘(うな)されていたイズミは、既に立っていることもままならない程弱っていた。
少しでも早く休ませたくて、暑さを凌ぐ麒車に乗せた。
城に連れてくれば、水神として……水神の候補者として、手厚く介抱して貰えるはずであった。
だが王の答えは予想に反し「否」であり、それどころかよりにもよって、イズミを投獄するようにと命じられたのだ。
肩を落としながら麒車へと戻る。
「おかえりなさいませ。ギルト騎士団長様、サディ騎士団長様」
待っていた馭者(ぎょしゃ)が、深々と頭を下げる。
不安そうな馭者の顔色を見て、この者も既に新しくできた法案を知っていたのだとわかった。
俺たちが「水神候補」としてイズミを連れてきてしまったせいで、謀反者の烙印を押されたイズミは、本城正門にあたる北塔にすら入ることは許されなかった。
「こちらの……水神候補の方は、如何なさいますか?」
聞かれた質問に一瞬だけ戸惑い、そして答える。
「先程国王の命令で……中の子供は西宮に連れて行くことになった……」
それはもう、仕方がないことだった。
「そんな……」
落胆の表情を見せた馭者の背後から、我々を庇護する声が上がる。
「おお! 流石両騎士団長様! 外交の帰りに反逆者を捕らえられたということですね!」
不快な言葉だった。イズミは反逆などしていないと、思わず声を荒げそうになる。
「王を惑わす水神など、この国には必要ない! そうでしょう? 騎士団長様!」
それでも下卑た笑い声を放つ男に言われ、止む無く「 ああ……」と答えた。
「王が水神はいらないと仰ったのだ!」
下卑た男がまた続ける。
その声が妙に大きく響き渡ることを忌々しく思ったが、王の命が直々に下ってしまった以上、そのことを否定することはできなかった。
麒車のほんの僅かな隙間から、中の様子を伺う。
まるで死んだように眠る小さな少年――――。
苦しそうに顰められた眉間の皺。
ぐったりと弛緩した小さい身体は、ようやく安息を得られたように、穏やかな呼吸を繰り返していた。
西宮の牢獄には多くの罪人が投獄されていた。
牢獄を「宮」と表現するのは、かつてここが罪人たちが試合をする施設――闘技場があった名残からだ。
当時の人々の娯楽の場であった闘技場は今は廃止され、その跡地は処刑場として改築された。
これから投獄される者を背負うわけにもいかず、引き摺るように麒車から下ろした。
本来の手順に習い、薄暗い牢獄で看守にイズミを引き渡す。
「この者を、水神の偽証罪、王国への反逆罪として幽閉する……」
そう言うギルトの手は、強く握りしめたせいで震えていた。
言葉を理解できない少年は、哀れなほど虚ろな目で俺たちを見上げていた。
そうしてあの時……水神の存在すら知らなかったイズミを、投獄してしまったのだ。
――――――――――
「イズミ、違うんだ……!」
何も違わない――――言い訳の言葉など意味もない。
イズミが捉えられ、拷問を受けたことは紛れもない事実なのだ。
「あれは……」
どんな言葉を並べて取り繕っても、牢へ連れて行ったのは我々なのだ。
それでも、王の――――ハリルの命令だったことは、口が裂けても言えなかった。
一向に視線を合わせないイズミに、もう何も言えなくなる。
無邪気に懐いてくれた少年の姿は、もうここにはなかった。
イズミが記憶を失っているのをいいことに、平穏な日々に胡座をかいていた。
なんの事実も伝えず、説明もしないまま、残酷な事実から目をそらし続けた結果がこれだ。
「イズミ……」
こうなる前に、事前に何があったかを少しでも伝えておくべきだった。
「ごめん……イズミ……」
俺の隣で、深くうな垂れたギルトが小声で呟いた。
その手はあの時のように、固く握りしめられ震えていた。
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