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059 足枷
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初めて見る夢……いや、もう何度も見た夢なのかもしれない。
――――暗い部屋。
――――嗅ぎ慣れない異臭。
その臭いが血だとわかったのは、本能的にそれが苦手だからだろう。
真っ暗な闇が、腐臭を伴って僕の身体に纏わりつく。
指の爪が剥がれ 指先の皮もドロドロに剝けている。
身体が動かない……。
体中が軋む……。
喉が渇く……。
「…………」
暑い………。
「……ミ!」
たすけて……。
「イズミ!」
呼び戻すような大きな声に呼ばれ、目を開ける。
耳で聴こえる程の動機……。
一瞬で、ドッと汗が噴き出てくる。
「うわぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛」
暴れる手を押さえつけられ、また記憶が混同する。
「やだぁぁああぁあ゛あ゛あ゛!!!!」
「イズミ!!」
名前を呼ばれて、ようやく夢から醒めているのだと気づく。
(……ハリルだ……)
涙でぼやけた視界。
綺麗に揺れる金色の髪――それは真っ暗だった夢とは明らかに違う。
「あ……ああ……」
ハリルに掴まれた腕がゆっくりと離される。
動機がまだ耳に聞こえていた。
「大丈夫か?」
これは、サディの声……。
サディとギルトも、心配そうに僕を見ている。
「ひぃっ……ぅくっ………」
もうどうしたらいいかわからない。
グラグラと、また眩暈が襲う。
「ん……ぅ……」
身体を起こそうとすると、ジャラリと足首で音が鳴る。
(足枷……?)
顔を上げると、目に溜まっていた涙がボロボロと零れ落ちた。
(怖い……)
夢なのに、未だ身体には痛みが残っている。
指一本動かすのも辛い。
あまりにも怠くて……でも怠さに身をまかせると、また意識が落ちそうだった。
「ちょっと落ち着けよ……。とりあえず水、飲むか?」
ギルトに差し出されたグラス。
虚ろになりながらもそれを受け取る。
手が震えていて零しそうで、両手で掴んでから口に運んだ。
飲み込んだ水が、身体に浸透する。
喉を過ぎる冷たい感触で、幾分か楽になったような気もする。
(ここは……水神の部屋……?)
この部屋に入り、ソファーに座らせられたところまでしか記憶がない。
座ったと同時に、眠ってしまったのだろうか――――
(思い出すだけでも辛いのに……)
まるで追い討ちをかけるように、あの日のことを夢に見なければならないのだ。
眠らないようにとソファでの姿勢を正す。
……扉の付近にいる術者らしき人たちが、皆――――僕を見ていた。
(な……なんで……?)
居た堪れない――――彼らから目を背けるが、ハリルたちの方も見れないので視線が彷徨う。
一体僕は、彼らにはどんな風に映っているのだろうか。
彷徨い見つめた先――――部屋の一角の柱に、僕の足枷の鎖は括り付けられていた。
本当に囚人のような扱いを受けているのだと、心が冷たくなる。
「イズミ」
「……ひとりにして」
誰の顔も見たくなかった。
声をかけて来たハリルにそう告げる。
――――ハリルはそれ以上何も言わず、僕から離れていく。
「急いで結界を張れ」
聞こえてくるハリルの命令が、僕を閉じ込めておくためのものだと思うと……とても悲しかった。
暫くすると、術者たちが――続いて、サディとギルトが部屋から出て行った。
動くことも億劫な僕は、そんな彼らを、ただぼんやりとソファーに凭れかかって見ていた。
――――そして、最後に残ったのはハリルだけ……。
(2人っきりになんて、なりたくないのに……)
「食事はここに運ぶ。暫くしたらまた様子を見に来る」
彼が膝をついてかがみ、ソファーに座る僕を覗き込む。
「やっ…」
背もたれに凭れているから、これ以上逃げることはできない。
それでも、精一杯身体を仰け反らせて抵抗する。
「イズミ……」
「やだっ! やだっ……!」
また何かされるかもしれない。
思い出すだけでも、全身に鳥肌が立っていた。
「出てって……! 早く出てって……!」
強く言って腕を突っぱねる。
息をするのも苦しい。
「うぇっ…………」
(もうやだ……もうやだよう……)
溢れてしまう嗚咽を止めることはできない。
けれど、ゆっくりと離れて行くハリルに、心から安堵する。
「……くれぐれも変な真似はしないことだ」
そう告げて見下ろしてくるハリルの目が、とても怖くて――――もう彼の方を見ることはできなかった。
――――――――――
何度も悪夢を見て目覚める。
その度に、恐怖で身体が萎縮する。
夢と現実の境を認識している間に、再び意識がグラリと揺らめく。
「やだ……も……」
眠る度に襲いくる悪夢。
「もう……寝たくな……」
夢を見るのだ。
あの時の牢での夢を。
そして何度もあの時の言葉が夢で繰り返される。
――――「『お前は水神ではない』」
――何度も……。
――何度も…………。
――――その夢は、あの日を何度も繰り返していた。
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