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063 箱庭
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南塔最上階。長い螺旋階段を上りきったところに、その二つの部屋はあった。
階段を上って右手には王の寝室。
そして左手には、最近宿主を得た水神の部屋があった。
この階層に足を踏み入れられるのは、女官の中でも限られた者しかいない。
王の寝室の掃除は数人で行うの習わしだったが、水神の部屋はその中でも更に、王からの許可を得た者しか入ることは許されなかった。
そして今日の担当に、私の名前も含まれていた。
「女官長、嬉しそうですね」
そう告げる副女官ミーアに苦笑いで応える。
「だって、久々なんですもの。仕方ありませんわ」
女官の中で、唯一水神の少年と言葉を交わすことができる私は、あまり陛下から快く思われていない。
それでも、言付けがある時だけは――――こうして例外的にお世話係の許可が頂けるのだ。
水神の部屋の、その白い扉の戸を叩く。
待っても返事はすぐには返ってこない。
もう一度戸を叩いてから扉を静かに開ける。
「失礼致します」
部屋の主の、少年の姿は見当たらない。
「イズミ様?」
奥の寝具にある小さな膨らみを見て、まだ少年が眠っているのだとわかった。
この少年がこの部屋に住むようになって随分と経つ。
最初は悪夢に魘されていたことも多かったが、最近では目に見えて落ち着いているようであった。
それと同時に毎朝国全土で、穏やかな小雨が降るようになってきていた。
水神様の恩恵だ――――と、国中が沸き立っている。
この毎朝の雨で、農作物は豊富になり、家畜たちも生き生きとしている。
卓上に朝食を並べ、清拭で使われた布も新しい物と交換する。
残念ながら窓が塞がれているため、外の明かりを取り入れることはできない。
少年は決して部屋を散らかしたりしないので掃除は比較的楽であった。
音を立てないように細心の注意を払い続けていたが、それでも完全に音を消すことはできない。
僅かな物音に気づいたのか、少年の起きる気配がした。
「おはようございます。イズミ様、本日の体調は如何ですか?」
ゆっくりと起き上がる少年に声をかける。
寝巻きに着ている衣服は通常よりも薄手で、少年の細い身体の輪郭が浮き彫りになる。
(随分……お痩せになられてしまいましたわ……)
寝具の天蓋を開け、幕を縛る。
「……おはよ。リディ」
久々に声をかけて貰えた驚きで、思わず手が止まる。
「はい! おはようございます」
嬉しくて、思わず抱きしめたくなるけれど、そこはグッと我慢をする。
この図々しさが、王から嫌煙される理由なのだ。
「今日は花茶を用意してみましたの。イズミ様のお口に合えば良いのですが……」
心に傷を負ってしまった少年は、以前よりずっと言葉少なくなってしまった。
「いつも通り、新しいお水も此方に用意しておきますわね」
小柄な少年に合わせた小さめの椅子に、少年はちょこんと座る。
(可愛い! 可愛すぎますわ!!)
必要以上の接触はするなと命じられてるが、今日は言付けを承っている。
透明な硝子の急須に花茶を注ぎながら、少年に話しかける。
「陛下が、何か欲しい物はないかと仰られていましたわ」
蕾のままの花を入れ、湯を注ぐと花弁が開く。
薄紅色の花が開くと、華やかな香りが薫ってくる。
「何か欲しい物はございませんか?」
不思議そうにその光景を見ていた少年は、少しだけ小首を傾げる。
王から欲しいものがないかと問われたら、女性ならば目を輝かせると言うのに。
「例えば、そうですわね……服とか宝石とか……」
思わず自分の感覚で言うと「いらない」と即答されてしまった。
「そうですの……。でも、この国の宝石とかはご興味ございませんか?」
煌びやかな宝石を、嫌いな人などいるのだろうか。
そう思っても、本当に興味がないようで、少年は依然花茶を見つめていた。
花茶が熱くて飲めなかったのか、冷めるまでの間少年は水を飲んで乾きを潤しているようだ。
望んだ答えは、待っていても得られそうにもない。
(困りましたわ……)
なんの収穫も得られないまま、戻ることなどできなかった。
「食べ物で、何かお好みは?」
少し考えて、少年は答える。
「あの黄色い果実は好きかな」
毎食用意されているセシルの実は、少年が好んで口にしており最も消費の多い果実だった。
「そうですか……」
それは王が少年のために用意した特別な物だった。
実がなる方法も独特で、通常なら滅多に手に入らない高級な果実だ。
「陛下も、それを聞いたらきっと喜びますわ」
でも、それを告げると少年の顔が見るからに曇る。
複雑に歪められた顔を見て、食事以外のものを探ることにする。
「他にはございませんか?」
少し考えた仕草をして、少年は答える。
「…………ない」
全く欲を見せない少年は、閉ざされた窓を見上げる。
無言で、「外に出たい」と訴えられたような気がした。
「では、花はいかがですか?」
「花……?」
「ええ。南宮には花の咲く庭園がございますの」
このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。
せっかくお世話係を承ったのに、これではまた役から外されてしまう。
「香り高い、素敵な花が沢山ありますのよ? 部屋に飾れば華やかになりますわ」
何でもいい。少しでもいいから、この少年の欲求を、聞き出さないといけないだろう。
「ううん……いい。花は枯れちゃうから……」
けれど、少年は悲しそうに告げる。
「本当に欲しいものは、手に入らないでしょ……?」
少年の足元から、カチャリと足枷の鎖が鳴る音がする。
自由が欲しいと、そう言われているのだ。
「……わかりましたわ。何か必要な物があれば、仰ってくださいませ」
(これでは、またお役御免ですわ……)
望んだ答えが得られず、王から請け負った任務が全うできないと覚悟を決める。
「イズミ様……」
また暫く、この美しい少年を見ることは叶わないのだろう。
伏し目がちに花茶を啜る姿を見て、甚く残念に思う。
「……そうだ。僕、本が読みたい」
けれど、急に発せられたその言葉に希望を見出す。
「また勉強がしたい。メロウに来て貰えるように、ハリルに頼んで貰えないかな?」
僅かに微笑んで、少年は語りかける。
心を閉ざして言葉少なくなってしまった少年の要望を聞けて、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
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