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064 友達
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一歩も部屋の外に出ることのない監禁生活が、もう何日も続いていた。
白い家具で統一された部屋に閉じ込められる日々。
何もすることがなく、窓すらも塞がれた閉鎖空間。
「何か欲しいものはないか?」
毎晩必ず訪れるハリルに、そう問われたことがあった。
その時は緊張で萎縮してしまって、結局答えることはできずに終わってしまったけれど――――その翌日、リディからまた同じ質問をされたのだ。
「僕、本が読みたい。また勉強がしたい」
ハリルに問われた時には出てこなかった願いは、その日のうちに叶えられた。
メロウが講師として訪れるようになり、毎日簡単な本の差し入れもしてくれるようになった。
それどころか今では、昼食後にこの部屋で、勉強の一環として楽団の演奏や舞踊を見ることもあるのだ。
サディとギルトも、毎日交互にこの部屋に顔を出すようになった。
ただ以前のように会話をすることはなくなってしまった。
午後の催しの時に、まるで護衛のように背後に控えているだけなのだ。
(もう、前みたく話すことはできないのかな……)
彼らがではなく、僕の気持ちが崩れてしまっていた。
それでも少しずつ……良い方向に向かっているのではと、そう思えるようになってきた。
今までは話しかけてくれるリディも滅多に来なかったし、一人では広すぎるこの豪華な水神の部屋で、唯一会話をするのは毎夜訪れるハリルだけであった。
――――それでも、一日をこの部屋だけで過すのはとてつもなく長く、そして退屈であることには変わりなかったけれど……。
僕を悩ませていた悪夢を見る回数も、随分と減ってきていた。
不思議なことに――――朝、雨が降っている時は悪夢を見ないのだ。
そして何故か、そういう朝は異様な体の怠さを感じることが多い。
この日の朝も、いつものように目が覚めた。
今日も、悪夢を見ることはなかった。
その代わり、やはり身体に違和感がある。
(変なの……)
何かの夢は見ているけれど……それが何だったのか、思い出すことはできない。
重い身体と足枷を引きずり、板が打ち付けられた窓の下に椅子を置く。
その上に乗ると、僕の身長でも窓の隙間から、僅かに外を覗くことができるのだ。
(……やっぱり、今日も雨か……)
この水神の部屋があるのは、南塔の最上階――――王の住居がある部屋の隣であった。
僕がいた東塔の幽閉室よりも、ずっと高い塔の上だ。
最初にこの部屋で目覚めた時、ここに現れた硝子扉から、外に出て行ったけれど……やはり建物の構想上、それはどう考えても不可能なことだったらしい。
窓の隙間から、外を伺う。
南側に街はなく、巨大な南宮の建物が見えた。
この南宮は南塔と繋がっているから、城の一部になるのだ。
一体この城はどれだけ大きいのだろうか。
ずっとこの城にいるのに、それすらもわからなかった。
南宮に隣接する森は、遠くの山々まで続いている。
この高さから外の景色を覗くことに、もう抵抗はなくなっていた。
以前だったら、こうやって椅子に乗ることさえ恐ろしかったのに――――前に国王の妖獣バルシェットに乗せられ、上空で過度なセクハラをされて以降、自分でも驚くほど高さに耐性ができてきていたのだ。
窓の隙間から外を眺めることが、囚われた僕にできるささやかな抵抗だった。
自由を求めるように、意識を窓の外へ移す。
そして、その窓の隙間に影がよぎった。
「やぁ……来たね」
窓の隙間から声をかけると、隙間にヒョコッと目が現れる。
真っ黒い、大きな目だ。
「おはよう、シト」
パチリと瞬きをして答えるその目。
その愛らしい目に僕は心の底から微笑んだ。
初めてこの隙間から外を覗いた時のこと――――勿論、最初は雨を見たいと思ったのがきっかけだったのだけれど。
始めて覗いた時に見えたのは、景色ではなくこの子の……シトの目だった。
この部屋から硝子扉を使い訪れた泉、そこで出会ったのが、このシトだった。
雨が止み、泉は枯れ、暑さを増していく荒野で、この部屋に戻ってくることができずにパニックになった僕を、この子が助けてくれたのだ。
どうして、この子が再び僕の前に現れることができたのか――――この世界は不思議なことが多すぎて、よくわからない。
けれど……この塔の上、シトシト雨の日に再会した、黒い目の生き物。
シトシト雨に因んで「シト」と名付けた。
初めは凄く驚いて、少しだけ怖かったけれど、僕たちはすぐ仲良くなった。
「シト、飛んで見せて?」
そう言うとシトは、大きな翼を羽ばたかせて飛翔する。
あんな大きいのに、翼の音は感じない。
本館の南塔に隣接する南宮――――その南宮はかなり大きな建物なのに、その遥か向こうまで行き、シトは素早く戻ってくる。
「また大きくなったね! 一体何を食べたらそんなに大きくなるの?」
サディとギルトの妖獣、フランとリドとは少し違う。
強いて言うなら、国王の妖獣、バルシェットの子供版みたいな姿だった。
「おいで! シト」
シトを呼ぶと、また目だけが窓の隙間に現れる。
この子は凄く、特別な……大切な存在だった。
「あはは! 可愛いっ……お利口だね!」
この閉鎖的な監禁生活の中で、この子と会話を交わせるこの時だけが、僕の唯一の救いだった。
「このことは、僕とシトだけの秘密だからね……?」
そういうと、僕の大切な友人は「わかったよ!」というように、小さく「クォォオ」と鳴いたのだ。
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