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073 衣装
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長い塔の階段を上がると、水神の部屋の扉の前でリディが待っていた。
「イズミ様、おかえりなさいませ」
華やかに笑う彼女の周りには、数人の女官たちが控えていた。
部屋の中に入り護衛の兵士たちに「ありがとう」と告げると、兵士たちは一礼して去っていく。
「披露会のこと、陛下からお聞きになりまして?」
柔かに笑いながらも、彼女は僕の足枷を柱へ括り付ける。
「リディ……それって、大きな催し物なの?」
それがどのくらいの規模のものなのか、僕には検討もつかない。
『披露会』と名がつくのだから、偉い人に紹介されたり、パーティーみたいなものを開くのだろうか。
「……大きいですわ。多分、イズミ様がご想像されているものよりも、ずっと」
リディの言葉に溜め息が出る。
「……そう」
大きければ大きいほど、そんなのは気鬱でしかない。
(3日後……どうしたらいいんだろう……)
考えようにも、部屋に大勢いる女官たちが気になった。
「……それで、リディは何かよう……?」
さっきの食事での会話と、ここまで戻ってくる長い道のりで、僕はもうクタクタだった。
早く一人になって休みたい。
それに今は、誰かと話す気分ではなかった。
それなのに――――
「これから披露会のお召し物を選ばせて頂きますわ!」
控えていた女官たちも、心成しか嬉しそうにうなずく。
有無を言わさぬ調子で動き出す彼女たちに、僕の憂鬱は更に増していった。
――――――――――
次から次へと、服を充てがわれる。
それはまるで、着せ替え人形の如く忙しない。
(色々と、考えたいことがあるのに……)
仏頂面で明らかに不機嫌な僕とは違い、女官たちは楽しそうに服を選んでいる。
「どれもこれも、イズミ様のために新調されたものなんですのよ?」
嬉しそうに話すリディに、女官たちが「素敵」と口々に言う。
興味がなく、されるがままになっていたが、よく見れば随分と派手な服ばかりだった。
今充てがわれている服は総刺繍に、キラキラと輝く石が沢山散りばめられている。
「随分、ヒラヒラしてるね。女の子ようなの?」
不機嫌も相まって、思わず嫌味のようなことを口にしてしまう。
正直、早く決まるのであればなんでも良かった。
けれど他の服を見ても、大半のデザインは理解し難いものばかりた。
「女性物ではないのですよ! 神儀服と言って、神様がお召しになる服ですわ!」
そう言われても、いまいち信用ならない。
眉を顰めた僕に、「まぁ、若干はいじってますけど……」と、リディはポソリと付け足した。
『若干』の度合いがどのくらいなのか、考えるのは愚問かもしれない。
服もまだ決まらないうちに、手の空いた女官たちが僕の頭に花を飾り始めた。
目をキラキラとさせて作業をする彼女たちには悪いけれど、ただでさえ嫌な披露会なのだ。
衣装なんてどうでもいい。もう勘弁して欲しかった。
「僕……頭に花もリボンもつけないよ」
それでも、流石に飾り着けられた頭が重くなり、思わず拒否の言葉を口にする。
「あと、服も地味なのがいい」
そうきっぱり告げると、リディを始め、周りの女官たちが皆悲しそうな顔をする。
「そんな……」と、僕にレースのリボンがついた花飾りを着けようと身構えてた女官が声をあげる。
まるで虐められたような反応をされたけれど、寧ろ被害者はこちらだった。
「ぜっったい、着ないからね!」
どうせ嫌だと言っても無理やり参加させられるのだろう。
ならばせめて、こんなにヒラヒラしているのは避けたかった。
「わかりましたわ……。なら、なるべく質素な感じに致しますわ」
凄く悲しそうに言って、リディは再び服を選び始める。
要望を出してしまったことで、まだこの作業は続くことになる。
僕は大きな深い溜め息をついて、またされるがまま彼女たちの着せ替え人形になった。
入れ替わり立ち替わり、衣服や飾りを持った女官たちが部屋に来ては、次から次へと新しい服を充てがっていく。
これが全て新調されたもの……と、考えただけで恐ろしい。
地味なものがいいと言ったのにも関わらず、油断をするとどんどんヒラヒラとしてくる。
絶対に着ないと言って、スカートだけは拒否したが、彼女たちは皆、数と勢いで押してくるのだ。
(でも……妹の華だったら、喜ぶかもしれないな……)
憂鬱な時間――この環境がもし家族だったらと思って過ごす。
――――母が買ってきた妹の服。
華は喜んで着替えて、僕が沢山「可愛い」と褒める。
樹が天邪鬼に「似合わない」というのを、母が嗜めて、父はそんな僕たちを暖かく見守ってくれている。
現実逃避の妄想…………妄想だけど、確実に存在していた現実。
思い出して涙が溢れそうになるのを、ぎゅっと唇を噛んで堪え忍んでいた。
――――――――――
――――ようやく解放された頃には随分と疲れが溜まっていた。
女官たちの騒がしい声がなくなり部屋は急激に静まり返る。
(疲れた……凄く疲れた……)
新しく用意された水に口をつけようとして、一瞬戸惑う。
(大丈夫か。まだ夕食前だし……)
そう言い聞かせて、いっきに水を嚥下する。
深くソファーに座り込むと、昨夜殆ど眠れていないせいかまた急激な眠気に襲われた。
(ああ……やだな……)
また悪夢を見るのだろうか。
しかし、襲い来る睡魔に争うことはできなかった。
(これから……どうしよう……)
年齢のこと、披露会のこと、ちゃんとハリルと話さなければ……。
(考えなきゃ……いけないこと、たくさんあるのに……)
そう思いながらも、僕は誘われるまま眠りへと落ちた。
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