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084 楽観
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――――水神の部屋の前に着くと、その扉が丁度開いた。
「イズミ?」
鍵と施錠術が掛かっている厳重な扉を、捉われているはずの少年が開けることはないとわかってはいたが、思わず名前を呼んでしまった。
予想通り、その部屋から出てきたのはイズミではなくハリルであった。
「ハリル、イズミは? 劇団員たちはまだ来てないのか?」
そろそろ短劇が始まる時間だというのに、見渡しのいい広い廊下には、俺とハリルの二人しかいない。
「今日の催し物はなしだ」
そう告げるハリルの声に、違和感を感じる。
(なんだ……? やけに機嫌がいいな……)
王とは長い付き合いで、わずかな変化で機嫌の良し悪しを察することはできるようになっていたが……こんなに穏やかで機嫌がいいのは珍しかった。
昨日の昼の会食で、イズミの年齢がこの国では12歳になると、それを知ったハリルの機嫌が良いことはわかっていたが……。
「イズミは?」
「まだ寝てる」
そういうハリルが、なんとなく笑ったように見えた。
「まだ? まだ起きてないのか?」
「ああ……」
「………」
(まさか……)
ハリルがここにいるのだから、悪夢を見ていることはないだろう。
体調が悪いのなら、ハリルが放っておくはずがない。
なんとなく、予感がした。
「おい! イズミ!!」
ハリルに閉じられた扉を三度叩くが、中からの返事はなかった。
「催しはなしだ。用はないだろう?」
中に入ろうとする俺を、ハリルはやんわりと制止する。
まだ施錠の術はかけられていない。
「……心配なので、顔を見るだけですよ。陛下」
言葉を正したとしても、家臣として致命的なほど、明らかにハリルに歯向かった。
本来ならここですぐ王の制止の意図を汲み取り、引くべきだとはわかっている。
けれど――――
『俺はもう、お前の命令は聞かずに……イズミを守る……!』
かつてそうハリルに告げた通り、その意思は今も変わらなかった。
「イズミ、開けるぞ?」
ガチャリと、その白い扉を開ける。
水神の部屋……窓には板が打ち付けられていて、昼間なのに部屋は薄暗い。
(灯りがついていない……?)
「イズミ? 寝てるのか?」
昼過ぎ――こんな時間までイズミが寝ていたことは、今までなかった。
「イズミ……?」
天蓋の寝具には、薄い装飾された布の幕が下りていた。
布越しに見える人型に盛り上がった寝具を見て、まだイズミが休んでいるのがわかった。
「おい、具合でも悪いのか? いい加減起き………」
――――幕を持ち上げ、眠るイズミを見てすぐ、様子が違うとわかった。
蒼白な顔で眠っているイズミ……。
胸まで布を被ってはいるが……そこから出ている首や肩に、真新しい情事の痕跡と思われる痕が残っていた。
(まさか……昨日12歳ってわかったばかりで、本当に速攻手を出したっていうのか?)
「イズミ……」
「触れるな」
肩を揺すって起こそうと思った。
伸ばした俺の腕がイズミに触れる寸前、ハリルの命がくだる。
(なんだこれ……)
昔から、ハリルはそこまで感情を露わにする人物ではなかった。
(これじゃまるで……)
しかし、初めて見る王の感情の変化。
殺気に近い、焦燥の色。
(独占欲……)
ハリルのその目は、まるでこの少年を「誰にも触れさせたくない」と強く語っているようだった。
「ん……」
イズミが眉間に皺を寄せる。
「イズミ……?」
ぼんやりと、視線の合わない瞼をイズミが開いた。
「起きたか?」
「ギ……ルト?」
俺の名前を呼ぶ声が、いつもより低く掠れていた。
「ぁ……ぅ……」
イズミは真っ赤になり、クシャリと顔を歪ませる。
「大丈夫か?」
イズミは答えぬまま布を頭まで被り、俺に背を向けてしまった。
(どこまでしたかわかんねぇけど……痛みはなさそうだな……)
「起きれるか? もう昼過ぎだぞ?」
俺が声をかけると、イズミはまるで重石を付けられているかのように、ノロノロとした動きで身体を起き上がらせる。
手伝ってやりたいが、ハリルの手前ベタベタと触るのは得策ではないと思った。
布を頭から被ったせいか、いつも整えられているイズミの髪は乱れていた。
そしてその身体には、情交の痕が無残なまでに残っていた。
相変わらず、肌が透き通るように白い。
だからこそ尚更、痕が目立つのだ。
首や肩、その痕は生々しいほど鮮明で、直視するのを憚るほど多かった。
「大丈夫か? 腹減ってないか?」
心配して声をかける俺に、イズミが視線を寄越す。
そして、俺の肩口を見つめて、固まった
――――ハリルを、見ているのだ。
バッと、顔を背けたイズミは、ハリルの視線から逃れるように、俺の身体に身を隠した。
その時の顔は、あまりにも妖艶だった。
頰は紅潮し、唇を噛みしめる。
昨夜の情事を思い出してか、目元は潤み、若干息も荒くなっていた。
それはどう見ても、嫌がっている顔ではない。
(なんだよお前ら……)
ハリルがイズミを無理矢理手篭めにしたのなら、許せないと思った。
以前のように、イズミが怯えて泣き叫ぶようなことをしたのなら、いくら国王であっても一言物申す……以上のことはしてやろうと思っていた。
(でもこれは……イズミだって満更嫌じゃないってことだろ……?)
「……つっまんねぇ〜……」
吐き捨てるように告げる。
「あ〜あ! ハリル、明後日披露会だっていうのに、待てなかったのかよ!」
ハハハ! といつものように戯けてみせる。
グシャグシャと、イズミの頭を撫でるが、今度はハリルの制止の声はなかった。
どうやら俺は、ハリルの嫉妬の対象から外れたらしい。
「ほら、いい加減起きろよイズミ。ダラダラしてると、披露会当日に昼夜逆転することになるぞ」
寝具の横にあった水差しから、グラスに水を注ぎ、それをイズミに無理矢理持たせる。
「ぁ……」
どことなく、引きつった顔をしてイズミはそれを受け取った。
「ったく、ハリルも」
向き直り、扉へと向かう。
そしてすれ違い様、小声で告げる。
「ちゃんと手加減してやれよな……」
そう告げた時の――――そのハリルの顔……。
あまりにもバツが悪そうに苦笑いするのを見て、俺は心底呆れる。
(なんだよ全く。要らぬ心配だったんじゃねーかよ)
取り越し苦労も甚だしい。
これではどう考えても、自分は邪魔者ではないか。
「じゃぁな、ちゃんと飯食えよイズミ」
そう言って俺はその部屋から出た。
扉が閉まる寸前、イズミの声が聞こえたような気もしたが、わざわざ確認するまでもないと思った。
――――この部屋で俺が見たもの。
そこに当人同士も知らぬ感情の齟齬があることに俺は気がつかなかった。
王と水神が結ばれたことで訪れる、日々の恩恵を期待するだけで、今の彼らの状況がどれほど危ういか、 この時は考えもしなかった。
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