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090 杞憂
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ヴァンが去った後、水神の部屋の扉を叩く。
「イズミ様、失礼致します」
返事がなかったため、声をかけて扉を開いた。
「イズミ様……?」
部屋の主の少年の姿は見えず、どうやら奥の寝具に横になっているようだった。
「お休みのところ、申し訳ございません」
(寝ている……?)
それは不自然だと思った。
あのヴァンが部屋に来ていたのに、この少年は眠っていたのだろうか……。
しかし――少年に近づくと、彼が起きていることがわかった。
黒い大きな目が、どことなく不機嫌そうにこちらを見ている。
慌てた様子がないことから、ヴァンに何かをされて動揺しているわけではないようだった。
「今日は、沢山人が来るね……」
いつもより幾分か低く、掠れた声。
ほんの少し身体を起き上がらせることによって見える、首筋に残る鬱血の痕……。
――――それで、全てを悟った。
今朝、王の機嫌か恐ろしく良かったのは、これが原因なのだろう。
「披露会前で忙しないものでして……。ところで、先程ヴァン様にお会いしましたが……どのようなお話を?」
ムスッとした少年の表情を見て、不安が募る。
(やはり……)
「ヴァン様はまだお若いので……少々ヤンチャな面がございます。ご無礼を働きませんでしたか?」
水神の存在は王族に取っても特別なものだ。
ヴァンが興味本位でこの部屋を訪れたこともわからなくはない。
しかし、この情交の痕跡を色濃く残す少年を見て……血気盛んな青年が、気に触るようなことをしなかったかと心配になる。
――――案の定、少年からの返事はなく、また身体を横たえ、憂いを帯びた溜息をついた。
「何かございましたら、陛下にお伝えください……」 今自分が何があったか聞いたところで、相手がヴァンである以上、何もすることはできない。
ヴァンも紛れもなく王族なのだ。彼を戒められるのは王しかいない。
だからこそ王の伴侶となる水神に、迂闊に手を出すとは思えない。
せいぜい、無礼な口振りで少年をからかったのだろう……。
(全く、国王と比べて、ヴァン様は自由奔放だから……)
ヴァンが少年に個人的に接触したことを、王に報告しなければいけない。
確実に不機嫌になるであろう王を想像して気が重くなった。
「それで、ジーナは今日は何の用?」
横になったまま少年が聞く。 その顔色はとても悪かった。
「はい。陛下からのご伝言を承りましたので……」
「……ハリルから?」
少年の表情が一段と曇る。
その表情を見て、伝言を伝えるか否か、一瞬戸惑う。
それでも、自分は与えられた命を全うするだけなのだ。
「陛下が、体調がよろしければ、これから西塔の中庭の散策など如何ですか、と仰せです」
告げた途端、少年の表情が明らかに変わった。
「西塔の、中庭……?」
「はい」
先程の大人びた憂鬱な表情とは打って変わり、キラキラと目を輝かせ、少年は起き上がる。
「い、行きたいです!」
体調が悪いと思ったのは杞憂だったのかもしれない。
それでも、以前の無邪気な笑顔とは何処か違う。
少し儚げで……どこか悲壮感を漂わせる笑顔だった。
「体調は宜しいですか? お休みになられていたのでは?」
「平気。大丈夫!」
そういうと彼は、寝具の台から勢い良く起き上がる。 それでも、その足取りは若干フラつき、不自然だった。
昨夜王と身体を重ねたのであれば、その負担は相当であろう。
しかし少年がこの部屋に捉われてから、この部屋を出る許可を貰ったのは昨日の昼食ぐらいだ。
見るからに嬉しそうに、活き活きと上着を羽織って用意をし始めている少年に託けの続きを告げる。
「散策にはギルト殿とサディ殿が護衛に付きますが、宜しいでしょうか?」
「……うん。ハリルがいないなら、それでいいよ」
少年は少しだけ、ホッとした表情を見せた。
(ああ……成るほど。これが原因か……)
少年がこの部屋を出ることを何故王が許可したのか、ずっと疑問だった。
何より今朝はすこぶる機嫌が良かったのに、昼過ぎにこの部屋を訪れた後から、王の様子はおかしくなった。
それも、ヴァンが水神の部屋の結果を破ったことを気づかないほど、王は動揺しているのだ。
恐らく……昼に少年の気分を害してしまったのだろう。
西塔の中庭の散策は、そのためのご機嫌取りなのだろう。
(王も苦労されているな……)
ただでさえ、披露会を前にして多忙なのに。
それもこれも――――ようやく手に入れた水神なのだ。
王にとっても、この国にとっても、それは大きな意味を持つ。
部屋にいても、外の雨音が聞こえてくる。
少年は板が打ち付けられた窓を一瞬だけ見上げて、また憂いを帯びた溜息をついた。
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