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092 人形
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白の雨具を着けたイズミが、ゆっくりと中庭へ歩みを進める。
イズミに着せた雨具は裾が長く歩きにくそうだったがそれは驚くほどイズミに似合っていた。
ギルトは雨具を着たイズミを見て散々笑っていたけれど「人形みたいじゃね?」と、小声でその真意を告げた。
(人形か……)
確かに、イズミの存在はどこか人形じみている。
でもそれはあながち間違いではないだろう。
この国の子供たちが持つ人形の発祥の由来は、初代の水神だと言われているのだ。
そんなイズミは中庭に下り立ったあと、空を見て暫く佇んでいた。
雨を見上げて佇むその姿は、まるで絵に描いたように美しく……恐ろしく神秘的だった。
一度だけイズミの名前を呼んだギルトも、この時間は邪魔をしてはいけないと感じたのか、それ以降は暫く大人しくなった。
(大人びたな……)
最初は、本当にあどけない子供だと思っていた。
確かに子供らしくない言動もあったけれど、それでも無邪気によく笑っていた。
南塔に捉えられてからは怯えるような顔しか見せなくなったが、今では随分と表情が戻ってきていた。
それでも僅かに示す喜怒哀楽の表情は、今も何処か演技めいていて不自然に固い。
(最も……俺の場合は疑いの目で見てしまっているせいでもあるか……)
今は雨具で隠れているとはいえ、イズミの身体にはおびただしい情交痕が残っていた。
以前から王を避け、記憶を取り戻してからはなお一層怯えの色が濃くなっていたというのに……王と身体を重ねても、さほど堪えている様子は見られない。
だからと言って、決して喜んでいるようにも見えなかった。
今まで城に招かれた水神の候補者たちは皆、王の寵愛を欲していたというのに……イズミだけは他者とは異なる反応を示す。
一体、何を思って王に抱かれたのだろうか……。
不躾なことを考えた自分を嫌悪しながらも、佇むイズミを黙って見続けていた。
――――――――――
暫くして、予定していた中庭の散策が始まった。
ただでさえ歩幅が狭いイズミは、覚束ない足取りも相まって普段よりもゆっくりと歩いていた。
「ほらイズミ、これがナヴァルの実だぞ。お前がいつも食べてるやつだ」
ギルトに言われ、イズミは己の腰ぐらいの高さの果樹をかがんで見ていた。
自分が普段食べているものには、特に興味を示してよく観察しているようだった。
――――静かな、平和な中庭だった。
普段西塔には大勢の使用人がいる。
しかもここは食物を栽培している西塔の中庭なのだ。
それが全ての人間が、国王の命令で全て出払っているのだ。
イズミを人目に触れさせないためにと、ハリルが配慮したのであろう。
この果樹園もまた、以前よりも圧倒的に種類が増えている。しかも中庭全部を覆い尽くすほどの量だ。
これも果実を好むイズミのために、ありとあらゆる実の栽培を始めたのだろう。
「ぎゃ! イズミ、食べちゃダメだって言っただろ?!」
静寂の中で場違いなギルトの声が聞こえる。
どうやら目を離した隙に、イズミが実をこっそりと食べてしまったらしい。
一口で頬張ったらしく、イズミの頰は片頬が不自然に膨らんでいる。
「あー! もう!」
もぐもぐとイズミは果実を咀嚼をする。
食べたのはアシェルの実だ。 特に強烈な苦味があるため、イズミの食卓にそのまま出ることは無かったのだが……。
「いい匂いがしたから。イチゴみたいで美味しいもん」
やはり、イズミは我々とは味覚の構成が違うようだ。だからと言って、その辺の物を勝手に食べるのは問題だ。
「毒味なんて、必要ないのに……」
しかし何処か不機嫌そうに呟くのを聞いて、その行為が食物を管理されることへの不服だということを知る。
(余計なことを言わなければいいのに……)
ギルトを睨むと、それを察したのか申し訳なさそうに彼は頭を項垂れた。
「ハリルに伝えておくから、勝手に食べないように」
そう告げると、イズミは少し戸惑ってから「わかった」と呟いた。
(そういえば……)
イズミが言いつけを守らず、反抗的な態度を取ったのは……恐らくこれが初めてであった。
――――――――――
――――先程よりもずっと弱くなった雨。
日も傾き、僅かに覗いた太陽で影が長く伸び始めていた。
(なんだ……?)
それは、イズミの影……。
時たま空を見上げているような素振りを見せている。
それも俺とギルトが目を離した、一瞬の隙の間。
(何を考えてるんだ……?)
イズミの視線を追い、空を見上げる。
ただたんに、雨を見ているだけかもしれない。
(本当にそうだろうか……)
何となく、不安が募る。
空を見上げていると、イズミの視線を感じる。
振り向くとイズミと目が合う。そうするとイズミは笑うのだ。
でもそれは、やはりどこか演技じみた笑顔だった。
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