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093 襲撃
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随分と長い時間、イズミは中庭で過ごしていた。
覚束ない足取りで時折辛そうに眉をひそめるので、そろそろ戻るように促そうとしたとき、静かだったはずの中庭に、どことなく声が聞こえてき出した。
「ん? なんだ?」
ギルトもそれに気づいたようだ。
(まだイズミが、ここにいるのに……)
王の命令がある以上、使用人たちが戻ってくることはありえないはずだった。
声はだんたんと近づいてくる。
それは一人や二人ではない。
(十人……十五……十六……いや、もっと多い)
まずいかもしれない。
嫌な予感……胸騒ぎがした。
ギルトと視線を酌み交わし、お互い確信する。
「イズミ、こっちへおいで」
声がする方からイズミを遠ざけるため、名前を呼ぶ。
「え……?」
部屋に戻されると思ったのか、イズミは悲しそうな顔をした。
「早く」
そして――――中庭で唯一、外に面する爆音と共に壁が崩れ落ちる。
「イズミ!!」
咄嗟に、ギルトが叫ぶ。
突然のことで反応が示せないのか、イズミは立ち竦んでいて動かない。
中庭に雪崩込んで来た奴らには見覚えがあった。
イズミが捉えられていた西宮の牢――――あの時の豪雨で水死した死刑囚の中の一人に、反王国派の首領がいたのだ。
その残党を討伐するために、以前俺とギルトも城を離れたことがあった。
(……まだこんなに残っていたとは……)
あの時は任務を騎士団に任せ、途中で投げ出して戻ってきた。
そのことは後悔しないが、その代償はやはり大きかった。
「イズミ、下がれ!!」
ギルトが剣を抜いて奴らに向かっていく。
――――ギルトが投げ捨てたイズミの足枷の鎖が、ぬかるんだ土の上に落ちた。
ギルトの腕なら心配ないだろう。
しかし、残党の血走った目を見て、奴らもまた必死なのがわかる。
披露会を迎え、水神の存在を得たハリルがさらに脅威になる前に、首領を殺された復讐を果たそうというのだろう。
屈強な男達のうちの数人が、ギルトの横をすり抜けてイズミに向かって走ってくる。
(やはり、俺も行かなければ……)
「イズミ、見るな!!」
「逃がすかっ!! 水神ぃいい!!」
野太い叫び声をあげる巨体を避け、剣を降り下ろす。
「ひっ……!!!」
赤い血が飛び散る瞬間、イズミが悲鳴をあげる。
視界の端に、大きな目を見開いて固まっているイズミの姿が見えた。
血が苦手なのだ。
この状況に相当動揺しているかもしれない。
しかし、それには構っていられない。
次に襲ってくる男を剣で応戦する。
「サディ……! ギルト……!」
イズミの掠れた声が聞こえる。
相手を殺しては、残党の有無は確認できない。
何人かは生かしておかなければならないのだが……こいつらはイズミを殺すために躍起になっている。
相打ちすらも覚悟しているのだろう。
(そうはさせない……あの子は、この国の希望だ……!)
「イズミ、逃げろ!」
ギルトがもう一度強く叫ぶ。
ギルトの周りには、もう倒れた男達が数人積み重なっている。
(イズミを逃すより、さっさと倒したほうが早いな)
血が飛ぶのは止むを得ない。
短い時間で済ませた方がいいだろう。
しかし――――
「サディ、ギルトっ! ごめんっ! 僕、逃げるからっ」
嗚咽を漏らすようにイズミが叫び、駆け出した。
「イズミ駄目だ! そっちじゃない!」
血を見て気が動転したのか、イズミは西塔とは違う方向に駆け出した。
「イズミ!」
イズミが何処に向かっているかはわからない。
しかし中庭の扉は全て頑丈に施錠されている。
ここで残党を足止めさえすれば、イズミはこの中庭からは出られないはずだ。
剣がぶつかるけたたましい音が鳴り響く。
そう、今目の前にいる此奴らを倒せば、何の問題もないのだ。
そう思ったのに……。
「クソッ! 水神が逃げるぞ!! 化け物め!! !」
「何!?」
男の視線を追い、ギルトが叫ぶ。
「サディ! 上だ!!」
(なぜ……)
屋根の上に、イズミがいた。
(どうやって、あそこに……)
高い所が苦手なはずだったイズミが、西塔の屋根の上で、じっとこちらを見下ろしている。
「サディ! 急げ!! とっとと終わらすぞ!」
「あ、ああ……」
剣を振り下ろしながらも、先程の屋根に佇むイズミの姿が脳裏を過る。
もう雨はあがっている。
いつの間にか、雨は止んでいるのだ。
けれど、先程屋根の上にいたイズミの所だけは、確かに雨が降っていた。
(イズミ……)
数十人いた残党も、残り二人となった。
そのうちの何人かは逃げ出したようたが、それには構っていられない。
(早く……早くしなければ……)
男が怒号をあげて切り掛かってくる。
それを交し背後へと回る。
純白のフードから覗く漆黒の瞳、それは何処か寂しげで――――そして、とても美しかった。
反王派のものから見れば、確かに化け物染みているだろう。
肌の白さも、その美しさも……。
イズミを化け物と罵った男の喉を、躊躇な背後から切りつける。
「ウゥッ」と唸り、男が倒れた。
ギルトもまた、勝利したらしい。
生け捕りにした男がギルトに罵詈雑言を浴びせている。
――――イズミは子供ではない。
頭ではわかっているのに、未だにそれが受け入れられない。
「ああ……イズミが……」
ギルトが空を見上げ、呆然と呟く。
(イズミも、何度も空を気にしていた…)
もしかすると、いつかこうする心算だったのかもしれない。
――――イズミが佇んでいた屋根の上、其処にはもう、誰の姿もなかった。
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