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106 疫病
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「お母さん!!!」
扉の前で待っていたケイトは、エダを抱きしめた。
中で待っていてくれるように頼んだのに、母親が外に出ていたのは大きな物音がして心配になったからだろう。
「エダ……っ!」
娘を強く抱きしめたエダは、それでも見慣れない大きな妖獣が怖いのか、上目でシトを不安そうに見ていた。
「二人とも、一度家の中へ……」
耳をそばだてなくても聞こえる、男たちの怒鳴り声。
「シト、木箱を入り口に向けて崩して!」
路地の奥に積み重ねられた箱を、時間稼ぎのために扉の前に散乱させる。
「シト、見つからないように隠れてるんだよ?」
なおも壁に逆さまになって張り付くシトにそう告げて、僕も家の中に入った。
「荷物を持って、早く……! 奴らがここに来るかもしれないから!」
不安そうに部屋の奥で身をすくめていたケイトは、僕の言葉を聞いてはじかれたように動く。
エダはショックからか未だ泣き続けたままであった。
「逃げるって、どこに行くの……?」
エダの嗚咽と悲鳴のような声が、僕の心に突き刺さった。
エダを助け出してそれで終わりではない。
彼女達は僕に関わったせいで、家を追われることになるのだ。
母娘は王都へ行くために用意していた荷物を持ち、僕も城から来ていた雨具を着用する。
これを着ると余計暑さは増すが、あの太陽の光を隠すには、これはどうしても必要なものであった。
「急ぎましょう……!」
二人と共に、部屋を出る。
奴らのアジトの出入り口は、崩れた木箱が邪魔で扉が開かず、僅かに開いた隙間から、男達の怒号が聞こえていた。
目立つ黒髪のを隠すため、暑さをこらえてコートのフードを目深く被り、狭い路地を駆け抜け道へ出る。
「何処に行けば……?!」
土地勘がないから、結局ケイトに逃げ道を聞くしかない。
答える彼女もこれといった当てはないのだろう。
「広場に行けば、人が沢山……」
明るい時に見る街は、思っていたよりも衰退しているように思えた。
この辺一帯は閑散として見えるのは、反王国派のアジトが近くにあるからだろうか。
「ではそこへ!」
荷物を抱えた母娘と、不自然に白いフードを身につけた僕が全力で走る。
逃走を計るのには、あまりにも目立つ。
何か対策を考えなければ、見つかるのは時間の問題かもしれない。
言われた通り、広場には多くの人が集まっていた。
そこをかき分けるように、人混みの中を進む。
人を隠すのには人の中……ということなのだろうか。
他の人に迷惑をかけるかもしれないという思いはあったが、今の僕にはこうすることしかできなかった。
広場の人々を見て、やはり困窮した生活が垣間見れた。
彼らは麻のような布の服を纏い、そして例外なく身体が大きかった。
見たところ、何人か子供の姿もあるが、やはり僕の知っているような幼子の姿はない。
そして、何故広場にこんなに人が集まるのか、その原因は直ぐわかった。
――――「城からの通達」だ。
ザワザワとする喧騒の中………、走って乱れた自らの呼吸の合間に、その言葉が各所で聞き取れるのだ。
「披露会」「命令」「水神様」「明日」「国王からの」「中止」
(ああ……これが………)
『明日の水神の披露会は、国王の命令により中止になった』
エダの歩みが緩やかになる。
そして、母親を見上げ、彼女は泣き叫ぶ。
「あいつらもっ……明日の、水神様の披露会が、なくなったって言ったの……」
泣きながら、シャックリをあげて、エダは言う。
「本当なの……? お母さん……」
辛そうに、悲しそうにエダは泣く。
罪悪感で、胸が苛まれた。
これは僕が望んだことだ。
これは僕が引き起こしたことだ。
「嘘だよねっ!? お母さんっ……! 水神様の披露会、なくなったりなんてしないよね?」
雨具で小刻みに震えてしまう身体を隠す。
聞こえるエダの叫びが辛い。
エダが水神を求めるのは、自分のためだけではない。
『ほら、私はこんなだし……』
エダを助けに行くとき、ケイトが指したのは自らのふくよかな体型ではない。
袖をまくり、疫病に犯されて爛れた肌を僕に見せたのだ。
エダは水神がいれば、母親の病が治ると信じていたのだ。
(エダ……ごめん……)
エダの足は完全に止まっていた。
追われる恐怖よりも、明日の披露会がなくなった方がショックなのだろう。
落胆するのはエダだけではなく、この広場全てに広まっていた。
エダの叫び声で、広場は静まり返る。思いは皆一緒なのだ。
(僕は……なんてことを……)
再び男たちの怒号が聞こえ出し、突如現れた粗暴な男たちに、広場は静寂を一転させざわつき始めた。
――――そして人をかき分ける男たちは、直ぐそこまで迫ってきていた……。
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