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110 無知
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ハリルが僕の横に立ち、その周りをサディやギルト、兵士達に囲まれる。
反国王派の生き残りは捕えられて、どこかへと連れて行かれてしまった。
蹌踉めく身体をハリルに支えられ、腰に回された腕の大きさと、力強さに思わず胸が締め付けられる。
『ハリルなんて、きらい……大嫌い……』
「……っ」
最後に……別れ際に彼に告げた言葉を思い出す。
覚悟を決めているとはいえ、これから自分の身に起こることを考えると恐怖で足がすくんだ。
引きずられるように抱えられながら、この場を立ち去る寸前、エダの声が聞こえた。
「イズミお兄ちゃんっ!……あのっ……」
「ダメよ。エダ……」
けれどその声は、すぐにケイトに制されてしまう。
そして、僕に向かって――この場合は、ハリルにしたのかもしれないけれど――膝をついて再び頭を下げる。
「……っ」
それを見て、同じようにエダも頭を下げた。
深く、深く、それこそ地面に着くのではないかと思うぐらいに深く、母娘は頭を下げたのだ。
雨が降っていた。
ゆっくり空を見上げて、雨に浸りたかったけれど、ギルトが僕の頭にフードを被せたからそれはできなかった。
「逃げるなよ……」
本当に小さな声でギルトはそう言って、僕の横に付く。
……この逃走劇が無駄だったとは思わない。
もうこれ以上、嘘は重ねられないと、僕は決心していた。
人々が見つめる道を進みながら、改めて、村を見渡す。
昨夜この街に来た時は、薄暗かったし何よりも疲労しきっていて、街の様子など見られなかった。
さっきも逃げるのに必死で、ほとんどそんな余裕はなかった。
改めて見る、この国の街。
決して豊かではないのだろう。
機械的なものが何もなく、そして乾燥して幅割れた土地が水の重要性を物語っていた。
最初は静かな田舎の街だと思っていたのに、僕たちが進む道の端には次から次へとたくさんの人が現れる。
ぞろぞろと歩く僕らを見て喝采をあげ、それでも近づけば皆、一同に頭を下げ始める。
ケイトと同じ肌の症状が全身にあり、見るからに具合が悪そうな人まで、地に頭を擦り付けるようにお辞儀をするのだ。
(もしかして本当に、ハリルって凄い王様なのかな……)
それは初めて見る国王の偉大さと、そして改めて思い知らされる水神への期待だった。
(僕は、何も知らなかったんだ……)
この国のことも、この世界のことも。
(こんなことになるなんて……)
本当に何も知らなかった。知ろうとしなかったのだ。
そして今――――目の前には沢山の妖獣がいる。
街も郊外に来たのだろう。
丁度シトと別れたのもこの辺りだったはずだ。
左右に分かれて、赤色の妖獣と、青色の妖獣か並ぶ。
その先頭にいるのはギルトのリドと、サディのフランだろう。
(やっぱり、この人たち、皆んな騎士団の人なんだ……)
妖獣たちは皆、それぞれのパートナーの帰りをここで待っていたのだ。
そして……中央にいるのが、ハリルのバルシェットだ。
他の妖獣の倍はある、明らかに異様な大きさの妖獣――――黄金に光輝く身体。
(やっぱり、シトはバルと同じだ……)
大きさはまだシトの方がずっと小さいけれど、形は完全に雄のバルシェットと同じなのだ。
国王の腕に抱かれ、バルシェットの上に乗せられる。
「ハリル……」
少しだけ上を向き、彼の名前を呼ぶ。
一瞬だけこちらに向けられた金の眼光。
無表情だけれど、その目はやっぱりどこか冷たい瞳だった。
彼からの返事はないまま、バルシェットは飛行する。
高さへの恐怖を感じるかと思ったけれど、不思議とそれはなかった。
それでも、身体は大きく震えていた。
ハリルの胸に、顔を埋める。
高さへの恐怖はない。
怖いのはハリルだ。
何よりも今は、ハリルが怖いのだ。
(やっぱり、怒ってる……)
いつからだったろうか……降り注いでいる雨はすっかり止んでいて、陰っていた太陽も顔を出し始めていた。
妖獣で飛行していても、雨を凌ぐために着用したコートは風を通してくれない。
(暑い……)
炎天下に苛まれ、徐々に汗が噴き出してくる。
(喉……乾いたな……)
思い出したように襲いくる強烈な渇き。
今思えば、どうしてずっと大丈夫だったのだろうか。
(そうだ……ハリルの夢を見たから……)
夢の中でハリルに抱きついた時に、渇きや飢えが楽になったのだ。
(ハリル……)
これは夢ではなく現実なのに……助けを求めてハリルに縋り付く。
(ごめんなさい……)
意識を失う寸前、ハリルの腕が僕の背に回され――――ギュッと強く抱きしめてくれたような……そんな気がしたのだ。
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