アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
147 信託
-
「城内(こっち)はダメだ……やっぱりいない……」
王の自室と、水神の部屋がある南塔の階層、王の部屋の前に佇むメロウに、そう声をかける。
「そうですかギルト様……それは困りましたね……」
こんな状況だというのに、メロウはとても冷静だった。
いや、本当は慌ててるのかもしれないし、言葉通り困ったことになったと思っているのかもしれない。
けれども長い間執事の職についているこの老紳士は、自分の感情を押し殺すことがとても巧みだった。
「メロウ殿……陛下のご様子は?」
ヴァンの言葉を真に受けたハリルが、自室に再び篭ってしまい、随分と経つ。
「陛下はまだ、一度も部屋から出てきていません」
「そう……ですか……」
ハリルがイズミに手酷い仕打ちをしていないか、それだけがどうしても気がかりだった。
「クソっ……どうしろっていうんだよ……」
王の部屋の結界に触れる。相変わらず強力なそれは、そう簡単に破ることはできない。
触れた肌は結界に拒まれるように、ジクジクと熱を帯びてくる。
「イズミ……」
――――降り止まない雨の勢いも、不安を煽る要因であった。
空いた時間を持て余すように、窓の外を眺める。
「サディ様とジーナ様は、今もヴァン様の捜索をお続けに?」
結界に触れた手に痛みを感じる。見ると火傷をしたように赤くなっていた。
「ジーナは、浸水した城の対応に追われてるよ」
水は一階部分にも浸水し始めてきていた。
この雨の量は、今までにないものだった。
「……城内は探しつくしたから、サディは騎士団に命じて城下の捜索かな……」
今までに水神が――――イズミが齎した雨は、どんなに激しく降っても人の生活に悪い影響を及ぼすことはなかった。
「外、ですか……? しかし、この雨では……」
今までの雨は全て恵の雨だった。
けれど、今日の雨は恵みの雨――というには、あまりにも激しすぎる。
城にイズミを連れ戻した時よりも激しい。しかも、今回の雨は城の中にまで入り込んできているのだ。
「これじゃ、まるで………」
窓の外の雨は、イズミの気持ちや状況が影響している。
「西宮の牢獄の雨と、同じじゃないか……」
思わず声に出して呟くが、老紳士からの答えはなかった。
――――王の自室の扉の結界が弱まっていく。
「…………!」
ゆっくりと開く扉――――イズミを腕に抱いた王が、その扉から姿をあらわす。
「イズミ!」
その腕の中で、イズミはぐったりと気を失っている。
イズミの顔は蒼白で、目元は赤く腫れあがっている。 でも黒い髪がほんの少し乱れているだけで、白い神服をきっちりと着込んでいた。
「イズミ! ハリル、イズミは大丈夫なのか?!」
「触れるな」
イズミに触れようとした途端、王から制止の声がかかる。相変わらず、独占欲を剥き出しにした王の態度に腹が立った。
「お前! いい加減にしろよな! ヴァンの言葉なんか鵜呑みにしやがって」
ゴホンッと、メロウが咳払いをした。口の利き方に気をつけろという警告だ。
同じ堅物属性でもメロウはジーナやサディとは違う。
(ああもう、こんな状況だっていうのに……!)
「嘘、でしたよ。ヴァン様の言葉」
そう告げると王は、少し俯き「知っている」と言った。
王はグッタリとしたイズミを見つめ、その漆黒の髪に顔を寄せ口付ける。
その表情は贖罪と深い後悔を孕む表情であった。
「……イズミに回復の術を。ジーナかサディはいるか?」
「……!」
ハリルはまた、イズミに術を拒まれているのだろう。
(俺も不器用だけど、ハリルも相当だよな……)
「ジーナは雨の対応の指揮を取っています。サディは……」
ハリルに、ヴァンのことを言わなければならない。
「そのことですが、陛下……」
俺の声色が変わったことで、ハリルは何かを感じ取り、眉を顰めた。
「ヴァン様が――――幽閉室から姿を消しました」
それはハリルにとっても、この国にとっても、最も厄介な人物が、敵意を示し始めていたことを意味していた。
「……そうか」
「……陛下? どこへ……?」
話の途中だというのに、ハリルはイズミを抱いて歩みを進める。
「……イズミを水神の部屋に移す。メロウ、イズミの手当てをする術者を呼べ。女官には清拭の用意をさせろ」
「はい」
「私もこちらに移る」
(って、マジかよ……! また部屋に籠るつもりか……!?)
そう心の中で悪態をついても、やはりハリルにとっては優先するべき者はイズミなのだろう。
「それでサディは?」
「サディは引き続き城下でヴァン様の捜索をしています」
廊下でメロウと別れ、水神の部屋に入っていくハリルを見送ろうとする。
「……?」
扉が閉まろうとした時、ハリルと目が合った。
(え……?)
それはまるで、中に入れと促されているようだった。
(いいのかよ……)
「……失礼します」
急に変わった態度に驚きながらも、それに従い中に入る。
ようやく宿主が戻った水神の部屋。
綺麗に整えられた寝具へとイズミが下される。
死んだように横たわるイズミを改めて見ると、以前にも増して随分と窶れたようだった。
痩せてこけた頰。細過ぎる手足。
何より露出している部分だけでも、激しい情事の痕が全身に残っている。
血の気がなくより白くなっている肌だからこそ、痕がより目立つのだ。
一番酷いのは手首で、縛られたような痕は擦れて血が滲んでいた。
「それで……?」
「え……?」
あまりにも悲惨な状態のイズミを目の当たりにして、言葉を失ってしまっていた。
「ヴァンは?」
「あ……! はい……」
イズミの側で、ハリルは話の続きを促す。
――――――――――
「――――と、いうわけです」
ヴァンが姿を消した時の経緯を簡潔に説明し、幽閉室に残されていた絵をハリルに手渡す。
「これは……」
「はい。これは、『水神の絵』です……」
その絵は以前、水神の部屋にあったものと同じものであった。
といっても、水神の部屋にあった絵は原画で、その絵はイズミの背丈よりも遥かに大きいものだった。
恐らくこの紙に描かれたものは、その絵の模写になるのだろう。
イズミも以前、その絵の元で姿を消したことがあった。
イズミ曰く、その絵があった場所から扉が現れたと言うことだったが……。
「……どう見ても、ただの絵のようにしか見えぬな……」
「はい……。この絵はヴァン様が持ち込まれたものだと思います。幽閉室は、イズミ……様が水神の部屋に移ったあと、サディとリディが片付けに入っているはずですから」
「そうか……」
何にせよ、この紙切れにはそんな力は全く感じられない。
ただ気になるのは、この紙には本から切り取ったような痕跡があった。
水神の文献は先先代の王の時代にほとんど焼却されてしまい、残っていないはずだったのに……。
「陛下、ヴァン様の行方を未だつかめず……申し訳ございません」
「…………よい。……顔を上げよ」
そうはいっても、これ以上ないくらいの失態は繰り返している。
(流石に今回は暇を出されるよな……)
押し黙りながらも命に従い顔を上げれば、意外にも神妙な顔をしたハリルがそこにいた。
「ギルト、頼みがある」
絵から視線を外し、再びイズミを見つめながらハリルは呟く。
妙に改まったような口調でハリルは久々に……本当に久々に、友人として俺に頭を下げたのだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
148 / 212