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161 女官
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私は副女官長として、国王付きの女官であることを何よりも誇りに思っています。
庶民出身で貧しい生い立ちから苦労は多かったけれど、それでも今こうしてこの仕事に付けていることは大変喜ばしいことで、幸せなことだと思っています。
今こうしてこの仕事に従事できるのも、女官長であるリディーミラー様のおかげです。
リディ様はこの国の四大公爵家である蒼の一族であり、本来なら女官になどなる人ではございませんでした。
蒼の一族の直系の令嬢ということもあり、国王陛下の寵姫、もしくは正妃の道を進んでもおおかしくないお家柄と器量でございました。
学院での成績もお兄様のサーディーフラン様に引けをとらぬほどの優秀さで、男性たちを置いて学年でもトップの成績でございました。
それだけでは飽き足らず、武術にも長け、妖獣も手に入れるほどの才気溢れるリディ様は、女性では稀な騎士団への入隊も確実とされていたお方でした。
しかし、水神様が降臨されるという選定をお受けになり、リディ様は女官になる道をお選びになりました。
水の守護騎士となる蒼騎士を産出し続けた、蒼の一族の血が疼いたのだと、リディ様は笑っていらっしゃいましたが、誠その通り大変強い思いがおありだったのだと思います。
リディ様は短期間で女官長に上り詰めるほど、大変なご苦労をされました。
当時女官長だったドド様との壮絶な女の争いは、間近で見ていて戦慄するものがございました。
結局引退されたドド様は、今は書庫番としてまだ城に支えておられますが、それでも顔を合わせば一触触発の張り詰めた空気が漂うこともしばしばでした。
しかし実力でリディ様は女官長の座を射止めたこともあり、ドド様もリディ様をお認めになられているとのことでした。
リディ様は女官長になるおり、私を副女官長として任命してくださいました。
貧しい生い立ちが故に幼い頃から貴族に使えていた私を、他の者にはない気を使う心があると太鼓判を押してくださり、そして私は国王付きの女官となったのです。
国王陛下は伝統ある金色の髪と瞳をお持ちで、精悍なお顔立ちのお方でした。庶民出身の私が国王陛下にお仕えするなど、身に余る光栄で大変喜ばしいことでした。実家の両親はその名誉に泣いて喜びました。
これ以上ない幸せの日々。
そんな日々を送る中、ついに待望の水神様が現れたのです。
水神とされる少年――――イズミ様は大変お美しい方でございました。
漆黒の髪と黒い瞳。見たこともないような白い肌。すらりと長い手足。愛らしく、そして美しいお顔。
幼い頃に水神様をモチーフにした人形で遊んだことを思い出しました。
その時はその人形の愛らしさに心を奪われましたが、しかし目の前に現れたイズミ様はその人形など比ではございませんでした。
リディ様は持ち前の気さくさから、すぐにイズミ様と打ち解けられました。
しかしそのことが王の逆鱗に触れてしまい、あまり水神様のお世話をさせて貰えなくなってしまったのです。
あれほどまでに水神様にお仕えすることを目標とされていたのに……その心中をお察しすると大変お可哀想でございました。
そして国王陛下がそんなにも嫉妬深い方であったとは思いもしませんでした。
水神様のご降臨を心待ちにしていたこと、名乗りでる偽者たちに心を痛められていたこと、それを間近で見ていたからこそ、イズミ様に執着するお気持ちもよくわかりました。
イズミ様にお仕えできるのは、国王陛下にお仕えする者よりも数が限られ、女官長であるリディ様と、副女官長である私だけという任命を受けました。
しかもリディ様は陛下に遠慮されているため、私にその任を譲ることも多かったのです。
私は水神様と接するのが恐れ多く、お言葉を直接交わすことは控えさせていただきましたが、あの伝説の水神様のお近くに仕えする日々は――リディ様には申し訳ないと思いつつも、心が震えるほどの喜びに満ち溢れているものでした。
美しくも神秘的な水神様と同じ空間にいれるなど、まるで夢のようなことでございました。
されど、イズミ様が生活する環境は良いものではありませんでした。
城にお迎えした時に、偽者たちと同様に牢に投獄されたというお話をお聞きしました。
しかし、イズミ様を襲う悲劇はそれだけではございませんでした。
ただの女官である私が、こんなことを思うのは大変烏滸がましいことではございますが、国王陛下はイズミ様を束縛しすぎでございました。
何故あのようにすぐにお怒りになり、幼いイズミ様を苛むのでしょうか。
イズミ様の置かれる環境はどんどん悪化していき、イズミ様のお世話をするために部屋に入ることも制限されるようになりました。
その理由はイズミ様が城から逃げ出されたということにもあるでございましょうが、イズミ様を足枷をつけて監禁し、しかもあんなに幼いお身体を陛下は蹂躙したのです。
その事実を知った時、私は思わず悲鳴をあげそうになりました。
あんなことをされれば、誰だって逃げ出したくもなります。
国王陛下がイズミ様を大切に思われていることは、イズミ様には全く伝わっておりませんでした。
なんと不器用な方なのかしら……そう思っても、私には助言することすらできません。
ただただ、陛下とイズミ様をお見守りするしかないのです。
もっとも、イズミ様が城を逃げ出したあとからは、お部屋に入ることすら許されなくなりました。
お守りしたくても、私などでは手が届きません。
イズミ様を思いながら、日々の生活をしていた時、ついに再びイズミ様に仕える許可を頂いたのです。
その任命は大変喜ばしいことでした。
水神様にお仕えすると初めて聞いた時以上に、今の方が喜びは大きいものでした。
ただし、それには条件がございました。
「ミーア、よろしくて? これは大変内密な話なんですのよ……?」
その日、リディ様に内々の話があると私は呼ばれました。
「絶対に秘密ですわ。これは国王陛下からのご命令なのですから」
真剣な目で語るリディ様を見て、それがとても重要なことだとわかりました。
「イズミ様が好んで食べている果実は、イズミ様が口に運ぶ時に浄化されてるらしいんですの」
リディ様に連れられたのは執務室の控えの間でございました。
「浄化……ですか?」
この国の果実は、他国に比べて大変毒素が強く、あまり食用に向かないものでした。
しかしイズミ様は城に招いた当初から果実を好んで食される傾向にあり、お食事には厳選された果実をご用意し、それぞれ陛下が浄化の術をかけておりました。
勿論、毒素を抜いてもその味は渋みや苦みを残すはずです。
「陛下から、イズミ様が触れた果実をお預かりしているわ。一つお食べになって?」
手渡された果実はイズミ様が好んでお食べになるナヴァルの実でございました。
食したのは数年前、どうしても喉の渇きが我慢できずに食べたそれは、大変渋く喉の渇きを潤す代償に暫く舌の痺れが取れなかったのを覚えておりました。
「いいから。早くお食べになって」
その味を思い出し眉をひそめていると、リディ様に促されました。
「はい……」
恐る恐るそれを口に運ぶと、私の頰がジンッ……と痺れました。
「ぁ……」
これは、今まで食べた食べ物の中で、何よりも美味でございました。
甘いのです。人工的な甘味料とは違う、自然な甘さでございました。
程よい酸味、柔らかい果肉、以前食べた舌の痺れとは違う頰の痺れは、感動のあまり唾液が多く分泌されたのが原因でしょう。
口の中の果実を飲み込む瞬間まで、その甘美な痺れは走っておりました。
こんな美味しい物がこの世に存在したなど、今まで知りもしませんでした。
「リディ様っ……」
「ええ! わたくしも食べたのです! 涙が出るほど美味しかったですわ!!」
「これを、イズミ様が……」
ますますあの方が好きになりました。
水神様とは、なんと素晴らしいお方なのでしょうか……!
「それで、ここからが貴女の役目ですわ……。陛下の元に行きましょう」
執務室には、国王陛下とジーナ様、そしてリディ様の兄上であるサディ様がいらっしゃいました。
それ以外の護衛の方はおらず、内々の命が今から下るのだと私は緊張致しました。
「それで、食したか?」
用を言いつかる以外で、国王陛下にお言葉をかけて頂くのは初めてのことでございました。
私は震える声で、「はい」とお答え致しました。
「そなたには、これからイズミが浄化した果実を食す任に就て貰いたい」
その陛下のご命令はとてもリスクを伴うものでございました。それと同時に、大変魅力的であったのも事実でございます。
浄化の能力があることを、イズミ様が自身はお気づきではないということでした。
もしイズミ様がその能力に気づかれれば、おそらく果実の浄化に尽力なさることでしょう。
大変素敵な能力でございますが、しかしながら国土全ての果実を浄化するのは不可能に近いことでございます。そのことがイズミ様のご負担にならないよう、事前にどの程度浄化能力があるかを確認しておきたいとのことでございました。
私の役目はイズミ様が触れた果実の毒味役ということでした。
甘くなった果実を食すには事情をよく知る者でなければいけません。
しかも、ギルト様もサディ様も、勿論リディ様も貴族であらせられます。
万が一毒素が抜けきらない果実をを食べ、身体に万が一の影響があれば大変なことでございます。
「できるか? ミーア」
陛下に名前を呼ばれ、背筋がピンと張り詰めました。
「はい。喜んでお受け致します」
私は心からそうお返事致しました。
確かにリスクは大きいけれど、それは大変名誉なことだと思いました。
何よりも、あの時食した果実の味が忘れられないのです。
イズミ様が浄化された果実は大変甘美な味でした。
しかもその果実に最初に口付けることができるのは、大変名誉なことです。
「食す時は常にリディを同席させよ。万が一の時はすぐに浄化術をかけ、医者を呼ぶといい」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げるリディ様は、眉を潜められてお辛そうでした。
心優しいこの方は、きっと私の身を案じてくださっているのでしょう。
私もリディ様に習って頭を下げました。
(お任せください。リディ様……)
私にとって、これはこの上ない喜ばしい大任でした。
万が一果実の毒素に当たってしまったとしても、私は後悔しないと思いました。
――――――――――
「さぁイズミ様! こちらがユチェルの実ですわ。そしてレジェルの実、キミュルの実、この大きいのがジェイルの実ですわ」
イズミ様に果実を手渡しながら、リディ様がその果実の名称をお伝えします。
「色が濃い果実は太陽の光を多く浴びています。木になるもの、土から生えるもの、それぞれでその特性は違います」
イズミ様が浄化をしたものを毒味するにあたって、どうやってイズミ様に果実に触れて頂くか、それが悩みの種でございましたが、メロウ殿が果実の勉強として手伝ってくださることで違和感なく進めることができました。
「絵本で見るよりも、実際こうしてお手にとって頂いた方がわかりやすいですね。このジェイルの実は蔓草から成るのです。大変重いですが、中は殆ど水分になります」
ジェイルの実は人の顔よりも大きな果実で、丸い球体の表面に変な模様がある果実でした。
一般的な果実と違い、見た目も可愛くなく私は苦手でございましたが、イズミ様はそんなことを気に留めることなく、楽しそうにお手に取られておりました。
『重い』と、声を失われたイズミ様の口が動きました。
ニコニコと微笑むイズミ様は大変お可愛らしいのです。
リディ様もメロウ様も、そしてやはり同席されている陛下もそんなイズミ様をお優しい目で見守られていらっしゃいました。
今回用意された果実は毒素が強く、陛下が浄化の術をかけても完全に中和することはできないものでした。
これから私はこの果実を一つ一つ食し、毒素がどれだけ軽減され、味がどうのように変化しているのか確認するのです。
もし浄化されている場合は次回その果実をイズミ様のお食事としてお出しする。
浄化しきれていない場合は……、私はお医者様のお世話になるのでしょう。
どうか葬儀屋の世話にだけはなりたくないと、心から願うばかりでございました。
しかしながら、そんな私の思いは杞憂で終わりました。
イズミ様が触れた果実は完全に浄化され、私の舌を人工的な甘味を受け付けないほど肥えさせました。
訪れた至福の日々。その中で唯一の悩みは、私の身体も肥えてきてしまうことでございました。
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