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164 噂話
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「あれは絶対水神様だよ! 凄い小さくて真っ黒な瞳だったんだ!」
「……ギルト騎士団長、あの男……」
本館正門で、そう声高々に触れ回る男がいた。
場内は一般の者は入ることはできないが、正門手前までは人々のために出店が開かれ賑わっている。
西宮と東宮への分岐もあるため、騎士団や兵士が行き来することも多い。
こんな場所であのように大きな声で騒ぎ立てれば、自然と多くの人の耳に入ってしまう。
「どうされますか?」
偶然通りかかった俺たち紅騎士の一団の一人が、訝しげな顔で俺を見てくる。
城では未だ、水神の存在は公にされていなかった。
西塔の中庭から逃げ出したイズミを騎士団や兵士たちと捜索し、ノーブルで保護した時も然り。
箝口令の意味を皆暗黙の了解とし、決してそのことには触れなかった。
イズミをノーブルで保護した際、その姿を見た団員たちには特に厳しく口外を禁じていた。
勿論国民は皆水神の存在に気づいている。
西宮の豪雨、連日の雨、一度は開くことになった披露会。
気づいていても、声を荒げてそのことを告げてはいけない。正式にイズミの存在を明かすのは、あくまでも披露会なのだ。
「ったく……、何のための箝口令だったんだか……」
言いふらしている青年は、赤髪で紫の目をした若い青年だった。
その目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに青年は語る。
「布で顔を覆っていたけれど、それでもわかるよ! あれは人外の美しさだった!」
触れ回る青年の言葉に、思わず同意したくなったのは確かだが――本館の正門で、誰これ構わず水神のこと話すのは問題だった。
団員たちも困惑の視線をその男に向けている。
流石に注意をしなければと思った時、蒼騎士団の数人がその男を呼び出したのを見て、先にサディが動いたのだと悟った。
(流石サディ先生。仕事が早いことで)
「ちょっとサディの所に行ってくる。後は任せた!」 「え!? またですか団長!!」
制止する声を無視して、俺は蒼騎士団の後を追う。
あの男がイズミの姿を見た場所を推測すれば、イズミがハリルと一緒に執務室まで下りてきているのだということがわかった。
それはイズミの長い監禁生活が終わったことを物語っている。
(やばい……超楽しくなりそう!)
以前のように、イズミと一緒に城を歩けるかもしれない。
しかも今回は東塔だけではなく、本館も行き来できる。相当活動の幅も広がってるのだろう。
――――雨はだいぶ弱まってきていた。
しかし一晩中降った雨で石畳の隙間の土がぬかるみ、地を踏みしめれば泥が跳ねて靴に汚れが着いた。
水神の存在によって雨が多くなるのならば、古くなった歩道もきちんと整備し直しておいたほうがいいだろう。
そんなことを思いながら、足取りも軽く後をついて行くと、東宮の手前にある一般兵の待機場に彼らは入っていった。
(一般兵のところに顔を出すのは久々だな……)
恐らくそこに、サディもいるのだろう。彼は見習い兵士の育成も気にかけていて、よく顔を出してるという話を聞いたことがある。
(まぁまた真面目なことで……)
「邪魔するぞ」
錆びついた古い扉を開けると、中にいた兵士が驚きの声を上げた。
「え!? ギルト騎士団長!?」
「ギルト様!?」
衣服の色からいってまだ見習いなのだろう。
「サディが来ているだろう? 案内してくれ」
学院を卒業した兵士となればいずれそれぞれの街に配属をされることになる。
もし相方となる妖獣を育てるることができたら、再び学院で追加項目を学び騎士団となる。
武術系の紅騎士か、妖術系の蒼騎士かは個々の才能で選び、妖獣の色もそれに合わせて変化する。
紅騎士団長である自分が彼らにとって憧れの的ということもわかるので、一応彼らを失望させないよう、適当に言葉を酌み交わしながら先に進んだ。
サディがいるであろう大部屋の扉は、開けなくても先程の青年の声が聞こえていた。
「水神様がお怒りになられて洪水が起きたと思いましたが……あのお姿を拝見したら、それが誤解だとわかりました!」
扉を開ければその声がまた一段と響いていたが、内容はイズミを褒めるものだったので、俺的には気分がいい。
「水が腐ってしまったのも、それだけ源泉の水が貴重であられるからこそ!! ああっ……水神様と目が合った瞬間、私は全身が震えました!」
どうやら元々水神に対する信仰心が強いのだろう。
あまりにも力説していて、その青年は俺が部屋に入ったことも気づかないまま続けている。
ソバカスがあるその青年の顔つきは、まだ何処と無く幼い。おそらく、今年学舎を卒業したばかりなのだろう。確か今日は学院生が何人か城に訪れていたはずだから、その関連なのだろう。
「まさに神話のお姿そのもの! 私が今日陛下とお目通りが叶い、尚且つ水神様にお目にかかれたのもきっと運命にございます!」
ハリルと面通し出来るほどなら、身分もしっかりとして、学舎の成績も優秀で、そして志し高い青年な筈だ。
でも、その態度はイズミに魅了された者たちの共通点、そのものを示している。
イズミが西塔から逃げ出す手引きを手伝った『シト』という人物。その可能性のある七名の者たちは西宮に呼ばれ尋問された。
結局彼らはシトではないと結論づけられたが、彼らがどういう人物だったのかをサディに聞けば、その者たちは皆、異様なまでの水神への――イズミへの信仰心が強かったとのことだった。
――――「あれはまさに、陶酔だった」
そう告げた時と同じ、どこか畏怖の表情でサディは目の前の青年を見続けていた。
そんなサディの隣にそっと立ち、耳元で小声で告げる。
「水が腐ったことでイズミの体裁が悪くなってるんだ。そんなに気にしなくてもいいんじゃないか?」
疑いをかけられた者たちの全てが、きっと今の青年のようだったのだろう。
「あれほどの雨が降って洪水が起きても、怪我人すら出ないなんて! まさに水神様は奇跡の存在ですよ!」
未だ止まることのない男を尻目に、サディが大きな溜息を一つつく。
「全く、またイズミは……」
「ハハハ。あまり気にするなよサディ。どうせ披露会は目前なんだから」
そういう俺の言葉を聞いて、煩くイズミを褒め讃えていた男が目を見開く。
(なんだ、ちゃんと聞こえてるんじゃないか)
都合の良い部分だけを聞き取った男は、再び興奮したように話し始める。
まぁこの歩く拡声器をこのままにするわけにはいかないだろう。
「とりあえず、騎士団預かりになるんだろ? ハリルに報告してくるよ」
そう言いながら部屋を出る。
目的はハリルよりも部屋の外に出ているイズミだった。
イズミの姿を目撃した青年も、イズミの姿をちゃんと見たわけではないらしい。
(顔に布……か。やはりお披露目までお預けってことか)
部屋の外へ久々に解放されたイズミが、どんな表情をしているのか楽しみだった。
また以前のように、あどけない笑顔を向けてくれることを期待して、ハリルの元へと向かう。
待機場から外に出ると、雨はいつの間にか止んでいた。
雨が降ったことで、この国特有の茹だるような暑さはかなり軽減されている。
「あれ?」
――――空に残る白い雲の色。
青空が覗く雲の合間、そこに何か飛んでいるような錯覚を覚えて思わず上を見上げた。
「………気のせいか」
木々の合間を駆け抜ける風が肌を撫でた。
再び差し込んでくる光は暑さを醸し出すのだろう。
その光を避けるように、俺は本館へと足を運んだ。
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