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194 謝意
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(また流されちゃったな……)
自らの足に着けられた足枷を見て、大きな溜息を吐く。
毎回ハリルと話すたび、絶対にこの足枷を外して貰おうと心に決めて向き合うのに……結局キスをされるとそれに負けてしまって絆されてしまう。
「イズミ様、集中できませんか?」
手が止まってしまった僕にメロウが声をかける。
「あー……ごめん。ちょっと別のこと考えちゃってた」
素直に謝れば、単調な書き取りを止めて歴史書の朗読をしてくれるメロウに感謝の言葉を告げる。
ぼんやりと王国の話を聞きながら思う。
『水神』が存在していた史実は多くは語られていない。
豊かだった時代には必ず水神の存在が謳われているけれど、どのようにして国を救っていたのかは綴られていない。
嘗て見た寸劇だってそうだ。貧困の街に現れた水神。疫病が流行る街に現れた水神。王と出会い、国を豊かにする。
水神が何処で生まれ、そしてどんな最期を迎えたのか……メロウが読み聞かせてくれる歴史書には綴られていない。
ふと気になって、聞いてみようかと思った。
視線を上げてメロウを見る。彼は本を朗読しているから、僕の視線には気づかない。
(聞いても、いいのかな……)
『水神』のことは、僕から話題に出したことはなかった。僕が触れてはいけないことのような気がして、ずっと聞けなかったのだ。
どうしたものかと唇を噛みしめていると、部屋の片隅にいるサディと目が合った。
――――――――――
「失礼致します。イズミ様」
戸を叩く音がして、扉が開く。
「あ、リディ……!」
名前を呼ぶと花を振りまくような笑顔で微笑んだリディは、メロウを見て慌てて居直った。
「まだお勉強の途中でございましたか……申し訳ございません」
「ううん。大丈夫だよ」
「では、今日はこの辺りに致しましょうか」
読み途中だった本を綴じ、メロウがそう告げる。
「うん。ありがとうメロウ」
それと同時に、同席してたサディも席を立った。
「リディ。頼んだぞ」
「はい。お任せくださいませ」
サディとリディは兄妹だと言うのに、お互い言葉を交わすことはあまりない。仕事中だから余計なのかもしれないけれど、二人が兄妹らしく会話をしていることは見たことがなかった。
「…………サディも、ありがと」
去り際の彼にお礼を告げる。返事はなかったけれど、サディは少しだけ頭を下げてから部屋を出て行った。
「なんだかお久しぶりな気がしますわ! イズミ様、声が戻られて本当に良かったです……!」
リディとこうして声が出るようになってから会うのは初めてだった。彼女と、もう一人の女官が部屋に運び込む大量の荷物も気になるが、まずは彼女たちにお礼を告げる。
「うん。ご迷惑おかけしました」
「いえいえ! 迷惑だなんて……またこうしてイズミ様とお話しできて、わたくしとても嬉しいですわ」
「それに貴女も……」
もう一人の女官にも声をかける。彼女にはリディ以上にお世話をして貰っていた。今日の食事の世話だって彼女がしてくれていたのだが……足枷騒動で話す機会がなかったのだ。
「いつも有難うございます」
僕がペコリと頭を下げたのに驚いたのか、彼女は頰を染めて僕よりもずっと深く頭を下げた。
「それで、今日はどうしたの? 凄い荷物だね」
荷車に押されて運び込まれた煌びやかな箱を見て問う。どこか見覚えのある物に、僕は首を傾げた。
「イズミ様、披露会の日程は陛下からお聞きになりましたか?」
「あ、うん。さっき3日後になったって、ハリルに言われたよ」
先ほど散々泣いたあとに、もう一度ハリルから披露会の話を聞いたのだ。
「こちらを覚えていらっしゃいますか? 以前決めた披露会の衣装なんですけれども……」
「衣装?」
「はい!」
そう言えば、そんなのを決めた様な覚えもある。あの時は披露会なんて興味なかったし、最近までは着る機会なんてないと思っていたから、正直どんな物を選んだのかなんて全く覚えていない。
「あー……あんまり覚えてないかもしれないや……。ごめんね……」
「うふふ。あの時イズミ様、嫌々試着されてましたものね」
明朗に笑うリディは決して怒ってはいなかった。むしろその逆で、その目はキラキラと輝いている。
(う……嫌な予感がするな……)
確かあの時も、着せ替え人形のように散々試着に付き合わされて、余計衣装に興味がなくなったのではなかったか。
「あ、でも少し息抜きしてからにしましょうか。花茶をお入れしますわね」
「うん。そうだね……」
顔を歪めた僕を見て、リディが提案してくる。
確かに勉強も終わったばかりなので少し休憩をしたかった。
それに前に衣装を選んだ時も長期戦だったのだ。今回もある程度の覚悟はしておこうと心に決める。
「今日って、ハリルは遅くなるのかな……?」
「陛下は……披露会の準備もございますし、お忙しいかもしれませんね。でも夜にはきっと、こちらにお戻りになられますよ」
「そっか……」
鎖を着けられてしまった今、執務室の同席は無くなった。恐らくは披露会までの3日間、僕は水神の部屋から一歩も外に出ることなく過ごすことになるのだろう。
(つまらないな……)
用意された一セットのカップを見て、不意に思い立つ。
「ねぇ。リディたちも、一緒にお茶にしようよ」
声が出なかった時には言えなかった提案だった。
「あら……。お誘いは嬉しいですが……そんなわけにはいきませんわ……」
「どうして? 一人で飲むより皆んなで飲んだ方が美味しいし」
「……もう、イズミ様ったら……。それは陛下に許可を頂かないと……」
そう言えば、最初リディを食事に誘った時も彼女は同じ断り方をしていた。女官の立場だと色々難しくて大変なのかもしれない。
「大丈夫。僕が伝えておくよ」
「いいでしょ?」と首を傾げて頼めば、リディは困った顔をしてしまう。
「じゃあ、ハリルがいなくて寂しかったからって言い訳をするよ。これならどう?」
「まぁ……!」
リディと女官が目を合わせて楽しそうに笑う。
(ああ。そうだ……この人にも聞きたいことがあったんだ……)
「貴女も、一緒にどうですか? ごめんなさい。僕、ちゃんと名前を覚えていなくて……」
リディの横で控えめに笑う女官が、「ミーアです」と遠慮がちに名前を告げる。
「ずっとお世話をしてくれて有難うございました。これからもよろしくお願いします」
もう一度彼女にお礼を告げると、ミーアはびっくりしたような顔をしたあと、泣きそうな顔をして微笑んだ。
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