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松岡の日常
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初めてその少年に出会ったとき、俺の中で衝撃が走った。
俺が少年(透君)と出会う前の話をしよう。透君とのことを話すのは、それからだ。
俺は松岡若葉(まつおか わかば)。高校生の時には生徒会の庶務をしていた。先生からは頼られて、クラスの奴からも嫌われることなく日々を暮らしていた。成績も上位には入っていたから、家族からも特に心配されることのない人間だった。
だが、そんな俺も絶望というものを味わうことになる。
「松岡、落ち着いて聞いてくれ。」
放課後、職員室に担任から呼び出されていた俺は職員室の中にいる。
「はい、何ですか? 先生。」
怒れるようなことは何一つしていない。だから、俺がここに呼ばれたのなら生徒会の仕事としてだと思っていた。
「お前、志望校はどうしてもここなのか?」
「え?」
予想外の話を投げかけられた。そればかりか、先生の手には俺が記入した進路調査表があった。
「いや、お前の成績と才能なら美大には行けると思うんだけどな……親御さんから電話が会って。」
気まずそうな顔をする先生。
「親は、なんて言ったんですか?」
「うん……美大を諦めるように説得してくれと、頼まれたんだ。」
頭をポリポリと搔く先生。
「え? 美大以外は嫌ですよ、俺。」
「いや、先生もお前がそう言うっていうのは予測していたんだ。だから、俺も親御さんにそう言ったよ。」
「そうですか、それで解決しなかったんですか?」
「うーん、それが金銭面的に苦しいそうだ。」
「大学費ってことですか?」
「そうだ。普通の大学と違って美大は金がかかるんだよ。親御さんも普通の大学に通わせるのがやっとだって言ってたぞ。」
そう、これが俺の絶望の始まりだった。
俺はその後何も話す気にはなれなかったので、真っ直ぐ自分の家へと帰った。
「母さん。」
「あら、ただいまは?」
「母さん。」
”ドン”
俺の中はぐちゃぐちゃになっていて、このどうにも出来ない感情を壁にぶつける。
「ちょっと……若葉?」
母さんの目は、不安定に揺れた。
そりゃそうだ。だって、俺は親に逆らったこともないし暴力を振るったことも物にあたったこともないのだから。自分の息子が突然こんな姿を見せたら動揺するに決まっている。
「何で?」
「若葉?」
「何で……何で言ってくれなかったんだよ!!!」
「きゃっ! 若葉! どうしたの突然!!」
俺は母さんの胸ぐらを掴んで殴っていた。
それくらい冷静さを失っていたのだ。
だって、美大に行ってプロカメラマンになるのが俺の夢だったから。
*
母親に暴力を振るった。
学校にも行かなくなった。
父さんが怖くてみんなが寝静まった頃にこっそりと家に帰っては寝る。そして、みんなが目を覚ます前に家を抜け出すという生活をずっと繰り返していた。
高校三年生という大切な時期に、俺は自暴自棄になっていた。
ちょうど、生徒会の仕事も引継ぎが終わっていたところだったから後輩がどうにかしてくれているだろう。行くあてのない俺は、ただ近所の公園をぶらりと歩いていた。
どうして、お金がないってだけで美大を諦めなければならないのだろうか。
「先生も、必死になって調べたんだけどな、この学校特待制度を設けていなかったんだ。だから皆優秀なやつも同じ分の学費を払わないといけない。」
担任が言っていたことを、俺は思い出してしまった。
虚しい虚しい虚しい虚しい……
虚無感しか無い。
今までずっと笑って過ごしてきたこの日々も、周りに囲まれて暮らしてきた幸福感も全て手の平を返されたように消えていった。この世の中は、薄情だ。
哀れんだ目で見てくる担任。怯えた目で見てくる母親。突然よそよそしくなるクラス。
そんなものがリアルに想像できた。
意図も容易く。
いつまで俺は、こんな生活を続けるのだろうか?
ぐううううううう
昨日は一食もしていなかったためか、俺の腹がけたたましい音を鳴らした。
悲しさに浸っていても、腹は減る。でも、今財布を持っていない。
どうするか?
万引きでもするか?
落ちるとこまで落ちてやろうか。
そう考えている時だった、後ろから突然笑い声が聞こえてきたのだ。
俺は後ろを振り向く。すると、40代くらいのおじさんが笑っていた。
「ああ、ごめんね。ここら辺を歩いていたら突然ものすごく大きなお腹の音が聞こえてね。」
「え……まあ……」
俺は恥ずかしくなってうつむいた。
「まあまあ、君、お腹が減ってるんだろ? 僕のところに来ないかい?」
「え?」
「こう見えてね、僕はパン職人なんだよ?」
これが、絶望から救ってくれた俺の恩人、店長との出会いである。
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