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松岡の日常 3
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須々木さんの提案に乗った俺は、住み込みでパン屋の手伝いをした。朝は4時くらいに起きて仕込みを手伝う。その後時間になったら学校へ行く。そして、授業が終わったら須々木さんの家に行って販売を手伝う。
その繰り返し。
いつしか俺は須々木さんの家に居座ってしまい、我が家に帰らない様になった。須々木さんも、それを許してしまうのだから俺だけが悪いわけじゃない。
須々木さんの家はそんなに広くない。寝室は、布団を二枚しいたら足の踏み場がないくらいだ。須々木さんも寝相が良くないらしく、たまに俺のお腹に須々木さんの足がクリンヒットして苦しい思いを何度がしたこともある。
こんな生活が、俺は好きだった。
須々木さんは俺に何も期待していない。機嫌が悪い時でも明るく振舞う必要がなかったし、勉強をしないと怒られるなんてこともなかった。でもそこが俺にとっては魅力的だった。今になって考えてみれば、それも普通なのかもしれない。だって、俺はあくまで居候だから。
息子ではないのだ。
突然だが、須々木さんの家には仏壇がある。毎朝須々木さんは、その仏壇に向かって手を合わせている。仏壇に飾ってある写真は、綺麗な女の人とその腕の中で抱きかかえられている男の子だった。居候を続けて須々木さんと親しくなった俺だが、一度もその写真については聞いたことがない。
他人ことだから、あまり深く干渉するのも良くないだろう。
さて、居候生活は長く続き俺は高校を卒業した。
そして、提案通りに朝からずっと店が閉まるまでアルバイトとして働いた。お金もこれまでのお駄賃とは違って、ちゃんともらえるようになった。この調子であれば、美大へもそう遠い道のりではないのかもしれない。そんな事を思えるようになった。
ある日、彼がやってきた。
須々木さんのパン屋は、中学校の近くにある。そのため、中学生がここで買い物をしてくることも珍しくはない。そう、彼がやって来たのも、おかしいことは何一つとしてなかったのだ。
「すみません。これください。」
恥ずかしそうに彼はカウンターにいる俺に、ピザトースト一枚を渡してきた。
「ああ、はい。ありがとうございます。」
いつもの様に決められた言葉を連ねながらも、男子中学生がピザトースト一枚で足りるのだろうかと心配になっていた。その子は、健康的な男子中学生とは言えない様な貧弱な体つきをしていた。顔色は青白いし、表情もどこか冴えない様なものだった。ただ、それが人の儚さを映しているようで、俺には魅力的だった。
なぜか、初めて彼を見た瞬間から目が離せなかった。
それからだ。
彼――そう、梅村透と話す機会が来るのをずっと伺っていた。
幸いにも、彼は毎朝ここでパンを買いに来る。そして、毎回ピザトーストを買っていく。ずっと同じもので飽きないのかな? と疑問に思うこともあるが、そんなことはどうだっていい。俺は、毎朝彼が来るのを楽しみに待つ。もう、習慣になっていたのだ。彼も俺の期待を裏切らずに毎朝来てくれる。それだけで俺はいいと思っていた。
思っていたのだが――
「葉山、ここでしょ? 教えてくれてありがとう!」
とある朝、彼は友人を引き連れて入店してきた。しかも、未だ見たことのないくらいに綺麗な笑顔で相手を見ている。
「あー、ここね。それにしてもお前毎回ピザトースト食ってるけど、飽きないのかよ?」
「うん、ここのピザトーストは美味しいからね。」
カウンター越しだったから、壁が邪魔をしてはっきりとは見えなかったけれど、その時の彼の幸せそうな顔は天使のようだったと思う。
その時、彼の友人に嫉妬していることと、自分が彼に思いを寄せてしまっていることに気づいてしまった。
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