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「クスッ。それにしても、喧嘩なんて懐かしいわねぇ。」
あれから、涙がなかなか止まらない俺に成り行きを静かに見守っていた月森さんがハンカチを貸してくれて
優しく微笑みながら「頑張りましたね。」と声をかけてくれて
それに「「あ!また月森が笑った!」」と2人がはしゃいで
「あはは」と自然に笑みが溢れて…
再び御膳を食べるため箸を動かし始めた俺に、ふふふとトウコさんが笑いかける
「レイヤもね、子供の頃は喧嘩ばかりしていたわ。」
「まぁ、あれの相手は大抵大人だったけどなぁ。」
「ぇ、」
(大人と喧嘩って……)
子どもじゃねぇだろ、それ………
「昔からね、妙に大人びた子だったんだ。」
パーティーでも子どもとは話さず大人ばかりと話をし、大の大人相手に臆することもせず真っ当な意見を叩きつけていつも困らせていた
「私たち大人は、思っていても今後の関係性を重視してなかなか口に出すのが難しかったりする事があるだろう?
それを、まだ幼いあの子が真っ向から意見して立ち向かうもんだからそれはそれは困ったよ…まぁ、いい気味ではあったけどね。」
あんな幼い子に意見されて言い返せない奴らを見るのは、相当楽しかったらしい
「習い事や勉強もすぐに覚えてしまって…自分の息子にこう言うのは畏れ多いけれど、あの子は〝天才〟と呼ばれる部類に入ると思うわ。」
「私に似たんだよ、ふふふふ。」
「あなたは黙ってなさい?」
「はぃ。」
だが、その天才さ故に彼は孤立してしまったらしい
同年代の子たちと自分のあまりの差に、彼は理解してもらうことを諦めどんどん自分を極めていく事だけに集中した
「ピアノもバイオリンも、コンクールで1位を取った途端に辞めてしまったわ。それ以外の習い事も全てそう。
レイヤは貪欲ではあったけど、全く執着しない子だったの。」
極めるだけ極めて、すぐに辞めてしまう
努力しなくても、なんでも出来る。
悩んだり困ったりした事は、一度もない。
「その結果、〝薄っぺらい子〟が出来ちゃったのよね。」
(ぁーーー)
『あなた、ーーーーー〝薄っぺらい人〟ですね。』
(俺が、1番初めにレイヤに投げつけた言葉だ。)
「学力や家柄という外側ばかりを見て、心という内側を全く見ない子に育ってしまって……」
(あぁ、知ってる。)
初めの頃のレイヤは、それはそれは最悪な奴だった
心なんて気にしなくて、横暴で自分勝手で
権力や自分の能力で全てねじ伏せようとするような
そんな、外側さえ良ければいいと考える〝ロボット〟のような人だった
「そんなレイヤからね?ある日電話が掛かってきたの。
ーーー〝シャンデリアの掃除の仕方を教えてくれ〟って。」
「ぇーーー、」
『どうしてもシャンデリアの蜘蛛の巣だけはどうにもできなくて……頼んでいいですか? 会長サマ。』
『…………は?』
「もうね、電話を貰った時は笑い転げちゃったわ。
あんなに天才だったすまし顔のあの子が、シャンデリアの蜘蛛の巣を取りたがるんですものっ。
ーーーねぇ、あれは貴方が頼んだのでしょう?」
「っ、ぁ、はぃ……」
「ふふふ、やっぱり。
それからね、レイヤは物凄く変わっていったわ。それも、とてもいい方向へ。」
笑うようになった
気を使えるようになった
他人を理解するようになった
私たち家族を、ーーー振り返ってくれるようになった
「夏にね、花火を上げるようお願いされたんだ。あの子が電話越しに頭を下げているのがわかってね、何だか嬉しくなってしまったよ。」
〝初めて〟龍ヶ崎として頼ってもらえた。
それも、その願いは自分の為ではなく他人の為に使いたいという願いだった
「私、それを聞いた時涙が出てしまって……あんなに他人を切り捨てていたレイヤが、誰かの為に何かしたいと思える子になっていたのが、とても嬉しくて…」
『この花火はお前の為に上げて貰ってんだ。受け取れ。』
(ーーーっ、)
「ねぇ。レイヤを変えたのは、君だろう?」
「ぇ、」
「私もね、昔はあの子のような薄っぺらい人間だったんだ。 でもね、トウコに会ってから私は変わった……
彼女とたくさんたくさんぶつかってから、〝心〟を貰ったんだ。
ーーーレイヤに〝心〟をくれたのは、君だろう?」
「ーーーーーっ、」
「たくさんたくさん…もう、数えきれないくらいに真っ向からぶつかって、頑固なあの子に心を宿したのは、
ーーー〝君〟なんじゃないのかい?」
『この俺にそこまでの口の聞き方をした奴は初めてだ……いいだろう小鳥遊、上等だ。 その話、乗ってやるよ。』
『何で受け入れなきゃならねぇんだ!あんな使い物にならねぇやつらは、早々に生徒会に来なくなって正解なんだよ!』
『メダル、やるよ。認めたくはねぇが今回の1番の功労者はお前だ。』
『大丈夫だ小鳥遊、俺がついてる。だから、安心して眠れ。』
『花火、見た事なかったんだろ?』
『言うのが遅ぇんだよ……っ、このやろうがっ!』
『ーーー好きだ。』
(〜〜〜〜〜っ、嗚呼……、)
「ねぇ。 君は、レイヤの事が好きなのかい?」
「……………は、ぃ… ーーー愛、してます……っ、」
パタリと、掌の上に雫が落ちた
「好きで、好きで……っ、もう…本当に、大好きでっ、」
ーーーレイヤの、強いところが好き
芯のある真っ直ぐな心が好き
それでいて、優しいところが好き
他人を蔑ろにせず、しっかり面倒見てくれるところが好き
失敗して、焦ってるところが好き
落ち込むと、元気がなくなるところが好き
どんな時でも、支えてくれるところが好き
俺を見つけてほころぶ顔が好き
大きな腕と、暖かい眼差しと、安心する声が好き
レイヤの全部が、ーーー大好き。
「大切、なんですっ。」
何よりも、1番〝大切〟
ハルも大切だけど、でも、レイヤはハルとは違う意味の〝大切〟
失くしたくないけど、でも、手放さなきゃいけなくて
(幸せに…なって、欲しぃ……っ、)
1番1番……この世の誰よりも幸せになって欲しい人。
誰よりも、幸せにしてあげたい人。
『ハル。』
貴方が呼ぶのは俺の名前ではないけれど、
でも、俺は貴方にたくさんの幸せをもらったんだ。
(少しでも、それを返す事ができただろうか?)
〝ハル〟としてだけど…俺は、貴方に少しでも幸せを感じさせる事が、できただろうか。
(どうか、どうか、これから先は…もっと幸せになって欲しい。)
大好きなハルと一緒に、もっといっぱい…笑い合って欲しい
「ーーーそう、か。〝愛してる〟か……うん、そうか。
有難う、レイヤをそこまで想ってくれていて。」
「っ、」
「これからも、大事にして欲しい。」
「〜〜〜〜〜っ、はぃ………っ、」
それは、俺ではないけれど
でも、絶対絶対…ハルが大切にしてくれるから
だからーーー
(だから、大丈夫だよ。)
また溢れ出した涙を、懸命に拭った
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