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『『………ぇ、』』
『母親って、何なの…?』
震えながら、ポツリポツリと話し始める
『私は、ハルとアキの母親だわ。でも、ハルもアキも全く違う子たち。ハルは体が弱くて、アキは元気。
私は、どうやったら2人の母親になれるのかしら。』
『フユ、ミ……』
『ハルを見ていると、アキに対していけない事を思ってしまう。きっとこれが逆で、私がアキを見ていたとしても…ハルに対していけない事を思ってしまうわ……
私は母親を知らなくて、でも母親になろうと必死に準備はしてきたつもりよ。でも…でも、全く違うふたりの母親に、私は一体どうやって……なれば………っ、』
『落ち着くんだ。』
ぎゅっと強く社長が抱きしめた
『1人で抱え込むな。私だってふたりの父親だ。共に悩むよ。』
『っ、あ…なた……』
『それにシキだっている。いいか?これからは、思っている事は自分の中に押し留めず口に出して私たちに教えて欲しい。必ずだ。』
『口に、出す…?』
『そう。きっと支えるから。』
『奥様、焦らずとも良いのです。ゆっくり母となっていけばいい。大丈夫、ハル様もアキ様もきっと待っていてくださいますよ。』
『待って、くれるかしら……、私こんな、なのに…っ、』
『当たり前じゃないか。だって私たちの子だぞ。』
『きっとお優しい子になられます。大丈夫ですよ奥様。』
『……っ、ぅあぁぁ…、ぁ、!』
「奥様は、とても心が綺麗な方でした。」
本当に、びっくりするくらいに純粋で…真っ白で
「それ故に、驚く程ご自身の事を自分で責めておりました。」
純粋な心ほど傷付かないものは無い。
アキ様へ浮かんでしまう真っ黒い疑問を、そしてそんな疑問を持ってしまう自分を…尖ったナイフで躊躇なく心をズブリと刺すように、ただただ真っ直ぐ責め続けていた
「私と社長は仕事を極力屋敷へと持ち帰り、奥様を見守る日々を過ごしました。」
〝ゆっくり母となっていけばいい。〟
確かにあの時、私はそう言った
だが、現実はそう甘いものではなかった
『っ、アキ!そんな手をハルに向けないで!土を落としなさい!!』
掴まり立ちではなく自分だけで歩けるようになり、メイドが少しずつ外へアキ様を連れ出していた頃
奥様を見つけたアキ様がメイドから離れ、手を伸ばしながら近づいているのを怒鳴りつける場面を見た
『ぅ、ぅえぇ…、ひっ、ぅわぁぁぁぁっ!』
『お、奥様っ、申し訳ありません!』
『……いいから、早くここから連れ去ってちょうだい。扉の向こうでハルが寝ているの。起きたら大変だわ。』
『かしこまりました!』
泣き叫ぶアキ様をすぐに抱きかかえ、パタパタとメイドが去って行く
その背中を、奥様は微動だにせず…ただぼぉっと見つめていた
『……奥様、』
『…あぁ、シキ。 私、またやってしまったわ……』
振り返って泣きそうに笑う彼女は、儚すぎて消えてしまえのではないかと思った
『ハルはまだ部屋から出れてないのに、あの子はもう庭で遊んでいる。あんなに手を土だらけにして。
普通…褒めるべきよね? アキだって、きっと私に褒めて欲しくて手を見せたのよね? 頭では…ちゃんと理解してるのよ、本当に。
ーーーけれど、どうしても駄目なの。
頭では分かってても、心が…ここ、ろ…が……っ、』
『っ、奥様、』
ガクンと崩れ落ちる体をそっと支える
『〜〜〜〜〜っ、シキ……っ、』
私のスーツを拳が白くなる程強い力で握りしめ大粒の涙をボロボロ流すその姿は、見ていてただただ…痛々しくて
(この方が嫌な性格だったなら、変わっていたのかもしれない。)
もしも純粋にアキ様だけを嫌いハル様のみを愛するような方だったのならば、こうもご自身が傷つくことは無かっただろう
だが、残念ながら奥様はその様なお方ではない。
アキ様を無意識に否定してしまう自分をも全力で責め立てる、心の優しい方だ
『私はっ、わたしはいつか……ハルみたいに、アキも愛することが…できるかしら、』
『っ、えぇ。きっと。』
(もう、充分愛しておられますよ。)
貴方がご自身を責められるのは、アキ様を愛している証拠なのです。
もうこれ以上辛い涙を流して欲しくはない
しかし、どうすればいいのかまるでわからない…
涙を流す奥様を支えながら、答えの出ない堂々めぐりを続けるしか無かった
『アキを、小鳥遊の子として正式に告知するのを遅らそうと思う。』
『っ、何故…でしょうか?』
社長室で、ポツリとナツヒロ様が言った
『お前も知っているだろう?
取引先や外の者たちがどうも煩い。それに、一族の奴らも〝会わせろ、見せろ〟とほざいてくる。
……残念だが、限界だ。これ以上は隠しきれない。』
『はぁぁぁ…』と深いため息をつく社長は、本当に疲れ果てていた
『それに、フユミが未だアキの事を受け入れていない。
あんな状態の彼女を見せれば、外の者や一族に目を付けられフユミが更に追い込まれてしまう……それだけは、避けたいんだ。』
競合他社なんていくらでもいる
そんな会社に弱みを握られれば、小鳥遊は終わりだ。
一族にも、せっかく着実に計画を立てようやく掴んだ幸せを壊されては堪ったものじゃない。
『生まれた時のハルの件は、もう話が出回っている。取引先でも心配だと声をかけられる程だ。』
病院で起こった3ヶ月間の、ハル様の生命を支える動き
あれは既に病院から外部へと漏れ、皆が知っていた
そんなハル様をもう隠すことはできない
奥様ももう顔がわれている、今更隠すことなど不可能だ
『私はね、シキ。〝家族〟を守りたいんだ。』
ハルを、アキを、フユミを、そしてシキ、お前をも。
『フユミはきっとアキを受け入れる。私は、そう信じているんだ。お前もそうだろう?』
『えぇ、勿論です。』
『告知が遅れるくらいどおってことない。家族が幸せならば、遅れた事により受けるバッシングなど痛くはないさ。
それよりも痛いのは、今ハルと一緒にアキを息子と告知して、この現状を世間に見せる事だ。』
きっと多大なる批判と沢山の目が、私たちを追う事になる
『…なぁ。家族とは、難しいものだな。』
『社長……、』
『守りたいのに、どうも上手く…いかないものだな……
ーーーっ、くそ、』
『っ、』
初めて見た、社長のどうすることもできない苦しげな瞳
(そう、だよな、)
自分の息子なのに、これは自分の息子だと告知することができなくて
『小鳥遊の方針はこのまま変えない。右肩上がりを今後も続けていくつもりだ。市場は充分に拡大でき、これまでターゲットにしていない層の顧客も増やすことができた。今後はそれをもっと深くまで掘り下げていき、更なる進化を目指していく。』
会社の歩みを止めてしまったら、せっかく外に向いていた一族の目が一斉にこちらへ向くこととなる
それだけは避けなければならない。
(…っ、社長は今、1番辛い道を選ぼうとされている。)
家族に批判の目が集まらないように…奥様がこれ以上壊れないように、自身の息子であるアキ様を隠してアキ様とフユミ様を守ろうとする〝父〟としてのの顔と
小鳥遊としてここまで築き上げてきたものを落とさぬように…内向的な一族をここまで変えることができたその形跡を引き続き保ちつつ、且つ右肩上がりの戦略を立てていく〝社長〟としての顔と
そのどちらにも注力して、歩んでいこうとしておられる
『この件は、私とお前の秘密だ。
勿論、共に抱えてくれるだろう?』
『当たり前です。私は貴方の月森ですから。お供致します。』
『あぁ、有難う。』
大切な家族を守る為辛い選択をし〝鬼〟となるその背中を、
私は、改めて支える決意をした
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