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美しい獣 4
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放課後になり、体調が悪いのを友達から必死に隠しつつバイトに行き、運悪く変な客に何度も絡まれ、今日はもう厄日だとしか考えられなかった夜の帰り道。
そして、この災厄は帰り道にも。
(・・・・・つけられてる)
俺は気づいているのを悟られないように慎重に歩いていた。
家の最寄り駅からなんとなくつけられているような予感がして、わざと遠回りしたり靴紐を結び直すふりをして止まってみたりしたが、そのたびに疑いは確信へ、そして恐怖に変わった。
ストーカー被害に自分が合うなんて思いもしなかった。
最初は因さんかも、とふと脳裏を過ったが、それは違う。
なぜなら、最寄り駅からここまでで、足音が1つではなくなっているからだ。
(これって、オヤジ狩りみたいなやつか?)
テレビでよく見る、集団でオヤジをリンチして財布を盗むっていうあれかもしれない。
それならきっとエレベーターに乗ってしまえば助かるはずだ。
曲がり角に差し掛かった瞬間、俺は全速力で走り出した。
すぐさま気づいた追っ手の、遅れて駆けつける足音が夜に響く。
恐怖の音に追い立てられるようにエレベーターへ逃げ込むと、開閉ボタンを連打し、ちらりと外を伺った。
ぞっとした。
一瞬野犬のように見えた。
年齢層も服装もバラバラの男達が一斉に扉に飛びかかろうとしていたからだ。
「ひっ・・・」
行き先ボタンを押した。すぐに男達は見えなくなったが、あまりの恐怖に体がすくんだ。
なんだ。
なんだあれ。
なんだよあれ。
頭にはその言葉が反芻し続けているが、誰も答えは教えてくれない。
今日は厄日だと思っていたが、実は自分の命日なのではないだろうか。
生憎対抗できるような物は持っていない。
精々折りたたみ傘を伸ばして使える程度だ。
ないよりはマシだと思い、カバンから取り出すとエレベーターの死角に立ち、扉が開くのを待つ。
自分の階につき、おそるおそる降りると、予想に反して周辺は静かだった。
いつも通りの風景がかえって怖い。
いや、さすがに諦めたのだろうか。
さっきの集団が何者なのか理解できない今、相手がどう出るのか察することができない。
平静を装って大股で早歩きし、部屋の前までたどり着くと、ここまでの道のりで何も起きていないことに安堵した。
「ふぅ・・・・・・」
ため息と共に緊張を吐き出し、鍵を開けて部屋の明かりをつけた。
「・・・・・・っ!」
声もでない程に体が強張る。
床には何かの動物の足跡。いや、靴の跡もある。
椅子はひっくり返り、壁は引っ掻いたような傷が多数見られた。
カーテンもボロボロで、食器はいくつか割れてる。
特に酷いのはベッドで、破れた枕からは中身が飛び出ているし、何故か血痕のようなものも付着していた。
「クソ・・・もう、なんなんだよっ!」
なにがなんだか分からない不安と恐怖に思わず声を荒げた。
涙が込み上げてきたのを誤魔化すためかもしれない。
警察に連絡しなくては。
この部屋の惨状はさっきの集団が関係しているとしか思えない。
いやもう敵はエレベーターの近くにいるし、階段を使えば簡単にここまでやってこれる。
仮に通報したとして、ここに警察が来るまで、俺は絶対に生きていられると言いきれるのか。
俺は逃げるように部屋を飛び出すと、咄嗟に頭に浮かんだ男の部屋のインターホンを押した。
この周辺で顔見知りなのは、因さんしかいなかった。
もう、頼れる人間は彼しかいない。
辺りは静まり返っている。
「出ろよ・・・」
因さんの部屋が無反応であることに焦燥する。
もう一度押してみる。
が、返事がない。
「出ろよ・・・出ろよ!なぁ、出ろって!・・・助けてっ!お願い!」
近所迷惑になることなんて分かってる。
それでも命がないよりはマシだ。
何度もインターホンを押し続ける指先が、荒くなる息づかいと連動して震えた。
嫌な冷や汗と目尻に溜まっていた涙が流れ出し、人生最高に怯えていた。
するとドア越しに靴を履くような音が聞こえ、部屋の主の声がした。
「はいはい、どちら様・・・・・・」
「っ!」
中に人がいる。
それが分かっただけですごく嬉しかった。
ドアが開き、俺はすぐにその隙間に飛び込んだ。
「おわっ!え、なに・・・?」
俺は泣きっ面を思いきり因さんの胸元に押しつける形になってしまい、因さんはかろうじて倒れないよう踏みとどまってくれた。
何から説明すればいいのか分からない。
ただ他人の体温に安心した。
「ちょっと何?こーゆーの嫌いじゃないけど、知らない人からされると・・・・・・あれ、今朝の学生くん?」
あぁ、ここなら安心だとホッとした俺が間違いだった。
ただの錯覚だった。
因さんを突っ張るようにして押しのいて、俯きながら小さな声で話した。
「すみません・・・・・。でも他に頼れる人いなくて。あの・・・助けて下さい」
「ん、どゆこと?何があったの?」
俺はバイト帰りに知らない人達からつけまわされたこと、部屋が荒らされていたことを説明した。
すると因さんの手が拳をつくり、力を籠めていくのが見えた。
説明している内容はあまり信じてもらえそうにないものばかりだ。
ひょっとしたら精神を病んでしまってると誤解されてるのかもしれない。
それか今朝のことで、俺がまだ怒ってるとか思われたかも・・・・・いや、間違いではないのだが。
怖々と因さんの顔を見ると、俺のことを狂人扱いしているというよりは、本当に信じてくれた上で蒼白になっているのが直感で分かった。
「・・・・・・部屋を見てもいい?念のため盗まれたものがないか確認したいし」
「はい・・・・・」
もっと茶化したりあしらわれたりするかとも思ったが、案外因さんは真面目に、真剣に対応してくれた。
因さんを部屋に連れていき、俺は通帳や金銭品など、何か盗まれたものがないか確認したが、ただ荒らされただけで特に見つからなかった。
やはり目的が分からない。
因さんは荒らされた形跡を調べ、恐い顔つきになった。
「颯人くん・・・だっけ?必要なものだけ持ってボクの部屋においで。これからしばらく面倒見てあげるから」
「は?いや、そこまでしてもらわなくても・・・・・・」
「ううん、このままだと本当に危ないから。その代わり、誰にもこのことは言っちゃダメだからね。今日の変な出来事も、ボクと暮らすことも」
「それって・・・・・・はい」
どうやら因さんはなにか知っているらしい。
ただならぬ剣幕の因さんに、俺はしぶしぶ頷いた。
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