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#131
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優は自分の服の袖で乱暴に目元を擦ると、「ありがとう」と一言呟いた。
その時、優の部屋をノックする音と、優の名前を呼ぶ香織さんの声が聞こえた。
「姉さん…?何、どうしたの?」
「今ちょうど買い物行くところなんだけど…って、あれ…武博君?」
香織さんが家にいることを知らず、挨拶もしないまま優の部屋に上がってしまったため、いつの間にかここにいる俺を見て驚いていた。
俺はバチッと目が合った香織さんに会釈をした。
「…すみません、お邪魔してます。」
「ううん、いいのよ。………ねぇ、優。ちょっと代わりに買い物行ってきてくれない?」
香織さんが突然、手に持っていたメモを優に押し付けた。
「えぇ?なんで俺…今武博といるのに。」
「私もちょっと武博君と話がしたかったのよ。昨日一緒に行ったスーパーにお遣い行ってきて。母さんに頼まれてたものとか、必要なものはここのメモに書いてあるから。」
香織さんの瞳が、俺に言っていた。
『少し話したい』と。
香織さんのお願いを渋々受け入れた優は、「すぐに戻ってくる」と言い残して自転車に乗って買い物に出掛けて行った。
優の座っていたクッションソファに香織さんが腰を下ろし、2人の間に再び沈黙が流れた。
沈黙が流れたところで、俺と香織さんが話すことなんて一つしかないのに。
そう思い、俺は小さく息を吸ってその沈黙を破った。
「……さっき、優の思ってること、聞きました。」
「優の思ってること…?…あぁ、私たちの押し付けがましい願いが、いつからか優のことを追い詰めていたことね。」
「…はい。」
………押し付けがましい、か…。
「あたしも、昨日の夜聞いたわ。…この頃少し様子が変でね。少しイラついてるっていうか、ピリピリしてるっていうか…情緒不安定な感じがしてたから、少し声掛けてみたら、急に泣かれてビックリしたわ…。…優も、自分でも気付かないうちに、かなり溜め込んでいたみたいで…。優に抱きつかれて号泣されちゃった…。」
「……………そんなことが…。」
「………優があんな風に泣くの、ほとんど見ることなんてなかったから…。……母さんが再婚して、一緒にこの家に住むようになっても、最初こそは表情は豊かだったけど、父親に置いて行かれて…光が生まれてからは、弱ってる優を見るなんてことはなかったから……。ほんと、光の存在が大きかったのよね…。」
光が、優のことを守っていたから。
光が、優に辛い思いをしないように助けていたから。
光が、"山岡優"の半分だったから…。
「……泣かれることがなかっただけに、泣きつかれたとき、あたし…優に何て言ってあげればいいのか…どうしてあげればいいのかわからなかったのよね…。…………泣いてる弟に、どうしてあげればいいのかわからないなんて…最低な姉だよね、あたし……。」
自虐的に笑う香織さんに、チクリと胸が痛んだ。
香織さんも、きっと俺以上に優のことを心配して、助けてやりたいと思ってるはず。
それなのに、いざ助けを求められると、どうしていいのかわからなくなってしまう。
なんて俺たちは、無力なんだ…。
これじゃあ、光が生まれてきたときと、何にも変わってないじゃないか…。
優のことを助けたくて、守りたくて…。
でも、周りの人間の力が及ばなくて…。
だから、優が人格を増やすことでしか、その苦しみを和らげることが出来なかった…。
俺は、優も…光のことも守りたい…、幸せにすると誓ってきたのに…。
2人を幸せにする為に……。
本当の"山岡優"に戻ってもらう為に、俺たちは…。
──────────…。
「……俺は、………光のことはもうダメだと思ってます…………。」
俺は、知らないうちにそう口にしていた。
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