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#35
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目の前の優が、俺にはなんだか今にも消えてしまいそうなくらい透明な姿に見えた。
こんなにも、小さく震えながら悲しそうに俯く優を、抱き締めてやりたいと思ったことはない。
でも、それがなかなか出来ない俺は、傘をさしていないほうの手で、そっと震わせている優の拳に触れた。
……とても冷たくて、凍えているようだった。
「……………優、どうした…?」
声を掛けると、優は俯いていた顔をゆっくりと上げた。
そのとき見せた優の顔は、いつもの笑顔だった。
「……外寒いなぁ!途中まで送っていくよ!」
笑って明るく言ってくれた笑顔が、俺にはとても怖く思えた。
言われるがままに優に途中まで送ってもらった。
でも、2人とも途中の道で別れるまで何も言わなかった。
……何を言えばいいんだよ…。
………急にどうしたんだよ、優……!
傘をさしているのに濡れてしまう腕や足元が、とても虚しく感じた。
「……優。ここまででいいよ。送ってくれてありがとうな。」
「………うん…。」
優の元気がない。そんなあからさまに、しかも普段そういう素振りを見せないから、どうしたらいいのかわからなくて、俺まで口ごもってしまう。
……優、何が言いたいんだよ…。
おかしいよ、お前…。
「……なぁ、……武博…?」
声が震えていた。
「…ん?」
「……………。」
体、腕、そして吐息さえも。
「……どうした?」
まるでこの土砂降りの雨の中。
「……………………武博は、…俺のこと………、………好き……?」
俺には、優が霞んで見えた。
「は、はは…。どうしたんだよ、優。何か今日変だぞ?」
「………………。」
「…………好きだよ。………不安になったのか?バカだな、お前!ちゃんと俺は優のこと、大好きだぞ!!」
俺はそう軽く言って笑って、優の頭をぽんぽんと叩いてやった。
優の今の問いに、重い感情や思いが込められていると、感じたから。
…だから、弱い自分に逃げてしまったんだ…。
本当なら、笑ってなんかじゃなく、ちゃんと俺の気持ちをわかってもらえるように、強く、何度も言ってやりたかった。
でも、出来なかった。
俺まで、不安になってしまったんだ。
怖くなった。………優のことが。
「……………そっか…。」
「……うん………。」
「……………武博。」
「………ん?」
俺は、優の顔を見上げた。
優の、大きくて優しい瞳をしている、優の目を。
……………優は、とっても優しそうに微笑んでいた。
「………………俺は、武博のこと…。………愛してる…………。」
激しい雨の中でも、この言葉だけははっきりと聞こえた。
さっきまでの消えそうなか細い声ではなかった。
ナンデオレハ、ユウニオナジコトバヲカエシテアゲラレナカッタンダロウ…。
「……うん。……ありがとう………。」
俺も、微笑み返した。
優は持っていた傘で俺たちの顔を道路側から隠した。そして俺の後ろ頭を押さえ自分の胸に引き寄せた。
そのまま、俺の額に触れるか触れないかというくらいの、優しすぎるキスをされた。
そのキスはゆっくりと下に落ち、俺の首筋で止まった。
首筋では、ちゅっと音を立てるようにキスをされた。
そして優の唇は、もう1度俺の顔へ上げられ、最後に唇に触れた。
深くもなく、浅くもない。ただ触れているだけ。
でも、その唇からは確かに優の熱が伝わり、優の優しさも感じた。
「……じゃあな。」
「………うん。………また明日な。」
そう言って、手を振った。
でも優は、振り返してくれなかった。
「…じゃあ…。…ばいばい。」
━━え…?
何で、そんなこと言うんだよ…。
また明日に会えるのに。
…まるで、もう会えないみたいな………。
優の名前を呼んでやりたかった。
でも、それは叶わなかった。
俺が声を出そうと口を開けたときには、優は俺の元から走り去っていた。
気付くと俺は、さっきまで優が持っていた傘を手に持っていた。
……………どうして優は、送ってくれるって言ったのに、自分が入る用の傘を持ってこなかったんだろう…。
雨の中、優はびしょ濡れになりながら走って消えてしまった。
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