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#90 取り戻したいもの
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その後、俺と優はいろんな話をした。
優はとても明るかった。
一時も、暗い表情を見せなかった。
本当の自分を見失ってしまい、周りには誰1人として知っている人なんていない環境なのに。
それなのに、目の前のこいつはずっと笑っていた。
だから、俺はこいつに、かつて俺の好きだった優のことを話しているのに、目の前の奴がそれとは違いすぎて、時々俺が誰の話をしているのかわからなくなってしまった。
もしも、こいつが優の感情を持っていたなら、こんなにも明るく振る舞わずに黙っているだろう。
自分という存在について深く考えてしまうだろう。
もしも、こいつが光の感情を持っていたなら、こんなにも明るく振る舞わずに暴れていただろう。
物を壊して叩いて殴って蹴って…。それはもう、止められないほどに。
でも、こいつはそれらのことを何1つせず、俺の予期せぬことばかりをする。
だからこそ、話しているとだんだん、目の前のこいつが優とも光とも違う奴にしか思えなくなってくる。
…それが俺には苦しかった。
……あんなにも、俺は優のことも光のことも大好きだったのに、俺の大好きだったどちらにも、今のこいつからは想像出来ないことが…。
…ガラッ
突然病室の扉が開いた。
扉のほうを見ると、香織さんと明良が立っていた。
「タケ~。そろっと帰ろうぜ。」
「武博君、ありがとうね。」
さっきまで泣いていた2人とは思えなかった。
2人ともすっきりした顔をしていたのだ。
あんなにも悲しい思いをしても、2人はすぐにまた新しい希望を見つけて前へ進めるのだろう。
「…もうそんな時間か…。」
ケータイで時間を確認すると、時計は7時少し前を指していた。
俺は明良が持ってきてくれた俺の鞄を受け取り、立ち上がった。
「え…、帰るのか…?」
優がシュンと悲しそうに俯く。
俺はそんな優に声を掛けようとした。
だが、俺の声よりも早く明良が優へ近づき優しく声を掛けた。
「……優、まだ俺の名前言ってなかったよな。」
すぐに俯いて悲しそうにしていた顔を上げ、嬉しそうな顔をする。
「…俺は、滝澤明良。俺とタケと優は3人とも同じクラスでいつも一緒にいたんだ。で、俺と優は同じサッカー部。部活内じゃ結構上手いほうで、みんなからはゴールデンコンビって呼ばれてるんだせ! 」
「俺、そんなにサッカー上手いのか!?すげーな!」
「だろー!今度、優が退院したら一緒にサッカーやろうぜ!」
「え!でも俺サッカー出来るなんてし知らなかったし、そんなに出来ない…。」
「大丈夫だって!俺がちゃんと教えてやるし、やってくうちに記憶まではいかなくても感覚が戻ってくるかもしんないだろ!」
「そっか…、そうだな!」
さすが明良だった。
すぐにこの優と仲良くなって、この病室に明るい雰囲気を作ってくれる。
俺たちはまた明日病室に来ると約束して、病室を出た。
そして、病院の前のバス停からバスに乗って家へ向かった。
━━━━━━━━…。
「…タケ……。」
隣の座席に座る明良が、呟くようにして俺の名前を呼んだ。
「……タケは、優のどこを好きになったんだ…?」
なぜそんなことを聞くのかと一瞬不思議に思ったが、そんなことはどうでもいいと気付いた。
俺は窓の外を見ながら言葉を返した。
「…どこって言われると困るけど…、…気づいたら好きだった…。」
「…………。」
「……まぁ、強いて言えば、全部かな。
優、名前の漢字と同じで優しいじゃん?…優は誰にだって公平で。…まぁ、それは光がいたからだって今はわかったけど、前はそれが凄いって思って、軽く羨ましかった。
……それで、……いつの間にか目で優のことずっと見てた。
優と一緒にいる他の奴の声なんて全然耳に入ってこないのに、優の声だけは変に耳に残って離れなくて。」
「………うん…。」
「…あんな悲しい過去があったなんて思ってなかったから、優のことを純粋に尊敬してたのかもだな…。
楽しそうに友達と話してるのとか、部活頑張ってるお陰で球技大会でフットサルのときいっぱい点取れたり、頭悪いくせに何とかして成績上げようとしてるとことか。
……そういうの全部、俺がすぐ隣で見ていたいって思ったんだ。
…それで、………俺、優のことを笑わせてあげたいって思ったんだ…。」
明良は黙ったまま俺の話を聞いていた。
でも、俺が話し終わると俺の肩を強くバシバシと叩いてきた。
「そっか!そうなのか!」
「な、何だよ!馬鹿にしてんのかよ!」
「そんなことねぇよ!」
少し悲しそうに聞いてきた明良だったが、すぐに明るく笑ってくれた。
何で明良がこんなことを聞いてきたのかわからない。
こんなこと、知らなくてもいいことだろうに。
でも、俺の話を聞いた明良は、何だか嬉しそうな顔をしていた。
「…じゃあ、俺、次のとこで降りるから。」
「うぇ、マジか、早いな。家までまだ先だろ?」
「今日手持ち少なくて家の近くのバス停まで乗っていけねぇんだよ。だからギリギリのとこまで乗って、後は歩いて帰るわ。」
「え!そんなら金貸すよ!次で降りても家まで遠いだろ?大変じゃん!」
「いいよ、別に。たまには散歩くらいするわ。」
そんな話をしていると、あっという間に明良の降りるバス停に着いた。
席を立ち鞄を持ち上げた明良は、振り返り様に俺に言った。
「……タケ。…今言ったこと、絶対に忘れんなよな。」
強い気持ちが籠った一言だった。
…あぁ、わかってるよ。
………今度は絶対に何があっても泣かない。
…俺の大事な奴等の為に……。
…何がなんでも救ってみせるよ。
…そして、取り戻してみせる。
………あいつらの、本当の笑顔を……。
俺は明良の言ったその言葉の意味を胸に強く染み込ませ、バスに揺られ続けた。
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